皇太子の立場にある者が簡単に地位を離れられない事くらい、わかっている。
 それでもエンリックに面と向かってきた求婚者は、クラウドが最初だ。
(大した度胸だ。私に対してティアラに求婚したいなどと。)
 誰にも渡したくない。
 娘を持つ父親であれば、当然の感情。
 エンリックにとっては唯一人、フローリアの忘れ形見。
 ダンラーク王家の象徴を名に冠した愛娘。
 自分で育ててさえ、やれなかった。
 いつまで手元に残していられるか。
 今まで遠ざけてきた思いを考えざるを得ない一夜であった。

 一方、クラウドは部屋にたどり着いて、中に入った途端、壁に寄りかかる。
 心臓の音が止まらない。
 エンリックの厳しい眼差しと表情が、脳裏に焼きついている。
 ティアラにどれほど強い愛情を注いでいるか。
 垣間見えたエンリックの本心。
 カイル卿の
「戦になるかもしれません。」
 という言葉は真実かも知れないと肝に銘じるのである。

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