第十七話
クラウドとしてはティアラに特別な感情を抱いている事を察してもらおうと、
「姫、庭園を案内してくださいませんか。」
「またお茶の時間をご一緒してもよろしいですか。」
など、本人はかなりの言動で示しているつもりなのだが、一向に通じる気配がない。
日数が経つにつれ、それとなく周囲の者達が気付き始める。
まず、マーガレットや、同席することが多い貴婦人。
エレンもルイーズも何となく、自分に求婚する前の夫を思い出した。
もっとも慎み深い淑女達でもあるから、あからさまには言いかねている。
近臣にも薄々感付く者がいたが、クラウドやカイル卿に直に問うのも憚られる。
何しろエンリックが黙認している。
もちろん、心底クラウドの申し出に賛成しているわけではないが、とりあえず賓客だ。
皇太子として来訪している人間を無下に出来ない。
今はお手並み拝見というところだ。
ティアラは人の好意は素直に受け止める傾向がある。誰に対しても。
クラウドから好意的な態度で接しられても、恋愛感情と結び付けるには純真すぎた。
サミュエルでさえ、どことなく妙だと思うのだが。
クラウドがいざ告白しようとしても、ほとんど幼いローレンスやカトレアがまとわりついている。
マーガレットが懐妊中の間は子供達の面倒を見るのはティアラの務め。
追い払うわけにもいかず、クラウドも一緒に相手をしてしまう。
そんな様子にカイル卿はなんとも歯痒くさえ感じるのであった。
クラウドの心情を知っているカイル卿は、多少目に付かない距離を置くようになった。
長く滞在していると気を許してくれる人間もいる。
一人でいると、声をかけられることもある。
「ダンラークは、外から見てどのように思われますか。」
カイル卿が庭園で暇そうに歩いているように見えたのか、レスター候が訊ねてきた。
「とても居心地のよい、そうですね、風通しのよいお国柄です。」
カイル卿のダンラークに対する印象だ。
「風通しですか?」
レスター候も、その表現に興味を覚えた。
「私ごときが口に出すのは恐れ多い事ですが、陛下も他の方々も信頼の上で成り立っている事がすぐわかります。国全体も若いという気がいたします。それが活気となって満ちています。」
「そのように見えますか。」
「疑念という言葉が似合いません。私のような者が、こうして王宮内にいても警戒心も猜疑心も持たれないのですから。」
「さあ。それはいかがでしょう。」
レスター候にしても怒っている口調ではない。
「確かに陛下にはそういった感情が少ないかもしれません。」
エンリックの境遇を考えれば不思議なほどだ。
部外者であるカイル卿は過去の事情を知らなければ、ただの温室育ちのお人好しの国王だと思ったに違いない。
エンリックの優しさは、心の弱さではなく、人としての強さだ。
だからこそ、周囲の者も付いてくる。
国民にも臣下にも敬慕されこそすれ、甘くも軽んじられない理由もそこにある。
誰もが認める王としての資質を見に備えている事が明白なのだった。
隣国の立場としてクラウドとカイル卿も、認識を新た持つ事になる。
ダンラークは国としての一体感、連帯感が強い。
不安定な国情は、もはや過去のことなのであった。