クラウドがダンラークにいられる日は一日一日と縮まっていく。
焦りはするが、クラウドも自国ではないせいか勝手も違うので、なんともしがたい事もある。
エンリックに対したように、二人きりで話がしたいとも切り出しにくい。
それとなく様子を窺っているのだが、本当にティアラが一人になる時間はないように見える。
「家族単位で行動していますから。」
カイル卿もクラウドばかりを責めるわけにいかない。
陽の落ちかかった頃、自身途方に暮れて、クラウドは奥の庭に足を向けた。
どうせ誰もいないだろうと思っていたら、人影が揺れている。
ティアラだ。
周りには、ローレンスもサミュエルも見当たらない。
一人だった。
願ってもない絶好の機会と、飛び出す。
茂みの葉の音で、ティアラが振り向く。
「このような時刻に…。」
お互い同じ事を言おうとしたらしい。
一瞬の沈黙。
「つい夕空に誘われてしまって。姫は何をしていらっしゃるのですか。」
ティアラのことを考えていたとも言えず、クラウドは場を繕う。
「ハーブを摘みに来ましたの。お茶に淹れる分がなくなってしまって。」
見れば手に小さなかごを手にしている。
「わざわざ御自分で、ですか。」
「いつもですわ。ここは私達の特別な庭ですもの。母の花壇もありますでしょう。」
ティアラの視線の先には、白い花をつけているマーガレットがある。
すみれはもとからあるのだが、カトレアはさすがに別の温室だ。
「本当に貴女方の御家族への思いが伝わってきます。」
「父が造らせたそうですわ。」
「貴女も同じ優しさを受け継いでいらっしゃる。ずっと傍にいたいほどに。」
「え?」
クラウドは一人の男としてティアラに認識してもらわないと話が進まないと決心した。
このままでは、ただの隣国の客でしかない。
「人の心の痛み、悲しみを乗り越えてこその強さを貴女は持っている。お互いを必要と感じるから、御家族に深い絆が生まれる。そこに私が入り込める隙はありませんか。」
ティアラはうつむいてしまった。
もちろん驚いたからだが、間もなく顔を上げた。
「父の、国のためになりますか。お申し出を私が受ければ。」
クラウドは首を振った。
ダンラークのことを考えて、承知されても嬉しくない。
「私の立場は忘れてくださって結構です。陛下は、貴女の父君は決して政略に姫を利用される御方ではありません。」
却って障害になりかなない。
国策の一環などドルフィシェの重臣は喜ぶかもしれないが、そんな理由であればエンリックに即座に断られる。
「新しい家庭を御自分で築くことを考えてみていただけると幸いです。」
返答を急がせては逆効果だと思い、一旦クラウドは引き退がる。
いくらティアラが恋愛に疎くても、自分に対して求婚に近い申し込みをされたことくらいわかる。
一人の女性として望まれることなど、具体的に考えることはなかった。
ティアラは自分の魅力に露程も気付かないのである。
この日を境にティアラは平静を保つのが必死になり、クラウドも気持ちに区切りが付いて、一層積極的になる。
こうなると何も言わなくても、誰の目にも明らかだ。
ティアラは、一人、戸惑うばかりであった。