いくら貴族が早婚であっても、それ程若い内に子供がいるのは稀かもしれないが。
「もっとも最初の妻も現在の妻も、世間に認められた夫婦とは少し違うのだろうな。…ダンラークで、王家の女性はサファイアの宝冠を身に付けることは、ご存知か?」
「姫から伺いました。御名の由来でいらっしゃると。」
「当時、私は本物の宝冠を贈れる境遇ではなかった。そして妻にも授けてやることは出来なかった。」
 エンリックの王妃とされる女性、ティアラの母が王宮で暮らすことなく世を去ったことを、クラウドは知る。
「私はティアラと過ごす時間より離れていた年月が長かった。まさに宝といっていいほど、大事だ。」
「一生、大切にいたします。必ず。」
「誓っていただけるか。」
「誓います。」
「反故にすることがあらば、その時は返していただく。ティアラを不幸にしたら、断じて許さぬ。」
「幸福にしてみせます。陛下。」
 エンリックの気迫に圧されながら、クラウドも力強く言い返す。
 深く頭を下げ、クラウドが退室すると、扉近くで、ティアラが待ち受けていた。
 少し不安げな顔をしている。
「まったく姫は幸せでいらっしゃる。陛下のような父君がおられる。」
「何か、中でありましたの。」
「いいえ。貴女を大切にいたしますと、申し上げただけです。」
 多分、ティアラは見たことがないだろう。
 温和なエンリックの険しく厳しい顔を。
 それだけティアラへの愛情が深い。
 クラウドはドルフィシェの父王を思った。
 妹達が嫁ぐ時、父もまた、かくあるのだろうかと。
 帰国前に返答されたことで、クラウドは心置きなく、楽しく過ごせる。
 カイル卿にだけ、舞踏会の直前に打ち明けた。
 目が飛び出るくらいに驚かれてしまったが。
「本当に姫がお受けしてくださったのですか。」
「陛下にも内諾いただいた。」
 安心して帰れるとクラウドが喜んでいる隣で、カイル卿は呆気に取られてしまった。
(姫が物好きな方で良かった。)
 さて、この考えはどちらに対して不敬となるべきか、迷ってしまうのであった。
 覚悟してドルフィシェに帰国しないと、大騒動になるのが目に見えている。

 ダンラーク最後の夜は、満点の星が王宮を覆っていた。
 煌めく星より、ティアラは眩しく輝いている。
 舞踏会が終わりに近付く頃、クラウドはティアラの前へ進み出る。
「踊っていただけますか。姫。」
 ティアラが横にいるエンリックを気にすると、
「思い出にしていただきなさい。」
 了承してくれた。
 クラウドがティアラの手を取ると、大広間が騒然となる。
 ティアラがエンリック以外とダンスをしたことは一度もない。
 公式の場で。
 誰かが申し込む前にエンリックが横取りしてしまうからだ。
「私、父以外の方と舞踏会で踊るのは初めてですわ。」
「これからは私も数の内に入れていただけますね。」
 はたして、エンリックとクラウドとどちらが上手なのかは、ティアラ自身だけが知る秘密であった。

 翌朝、旅立つには申し分のない爽快な日であった。
 馬者に乗るまでの間、ティアラとクラウドが別れを惜しんでいる。
「すぐに使者を遣わします。」
 エンリックとティアラに約束する。
 クラウドとしても、なかったことにしようなどと言われてはたまらない。
「道中、気をつけてくださいね。」
 クラウドは見送るティアラに、短剣を差し出した。
「私のかわりに持っていてください。いつも貴女を想っています。」
 お互い姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
 胸に短剣を抱きしめながら歩くティアラに、エンリックが言った。
「随分とご執心であられるな。クラウド殿は。」
「まあ。お父様。」
「騎士が剣を預けるということは、生命を託すと同じ意味だ。女性に対しては求愛の証だ。覚えておきなさい。彼は心を残していったのだ。」
 もし、違えることがあれば刺されても構わぬという意味は伏せておいた。
 ティアラには知らなくて良いことだろう。
 

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