第十八話

 つつがなく国境を越えたクラウドは都へ帰りつく前に、父王へ手紙をしたためた。
『良い土産話がございます。どうぞ楽しみにしていてください。』
 都で父王はため息をつく。
(あやつは手紙のひとつも満足に書けぬのか。)
 おそらく、以前の「妻にしたい女性」とやらと恋仲になったのだろうが、名前も素性も書かれていない。
 すでにドルフィシェ国内に入っているから、戻る日も近い。
 クラウドが自分の口から告げたいのはわかるが、隋分と気を持たせるものだ。
 王宮に帰り着いた途端、クラウドは走るような足取りで、父に挨拶した。
「ただいま戻りました。父上、ダンラークで婚約して参りました。お相手は、ティアラ姫!」
 上気した顔でうきうきと話す息子とは正反対の顔つきで、父王であるビルマンは玉座から立ち上がった。
「ティアラ姫!?」
「はい。ダンラークの第一王女です。」
 周囲にいた臣下達がざわめきだす。
「この大馬鹿者!そのような大切な話、勝手に決めてくるでないわ!」
 緊急に会議が開かれることとなり、宮殿中、上を下にの騒ぎになった。
 クラウドは旅装を解いて、すぐに呼び出され、くつろぐ暇もない。
「まことの話であろうな。」
 ビルマンは再度、クラウドに問い質す。
「もちろんです。姫とも陛下とも約束してまいりました。帰国後、すぐ使者を出すからと。」
「もっと早く、何故報せぬ。」
 ティアラに断られたら格好が悪いからに決まっている。
 返答されたのは、帰国の前日。
 どうにもできない。
「他国の女性でも良いとおっしゃたではありませんか。」
 ビルマンは確かに、そうは思った。
 まさか本当に探してくるとは。
 近隣諸国と誼を通じるのは、ドルフィシェにとっても良いことだ。
 互いの王家の縁組となれば、これ以上深い結びつきはない。
 今まで面識はないが、ダンラーク現国王の悪評は聞かない。
 だからこそ、クラウドを出立させた。
「どのような姫なのだ。」
「それはもう、素晴らしい姫です。この国にはおりません。」
 年頃の娘を持つ貴族達は、やるせなく思ったに違いない。
 あわよくば自分の娘を皇太子妃にと願う者もいる。
 クラウドは手放しで夢中のようだが、どれほどの差が我が娘とあるのだろう。
 決定的なのは格式だ。
 いかに大貴族でも、他国とはいえ王女という立場には歯がたたない。
 表面上とはいえ、ティアラはただ一人、国王と王妃の長女なのだから。
 大体、確約したのであれば、書面にでもしてくれば良いものを。
「それは私が置いてまいりました。」
 クラウドは自分が誓約書を渡してきたらしい。
 政治上の駆け引きをまったく無視しているとしか思えない。
「絶対、国益の話はしないでください。破談になったら、どうしてくれますか。」 
 さすがに反対されたらダンラークに仕官するとまで言ってきたとは、口に出さなかった。
 もっとも声を大きくして異を唱える者もいない。
 こちらから姫を送り出すのではなく、迎えるのであれば問題も少ない。
 事の真偽を確認するためにも使者は必要だ。
 クラウドが予定より長く滞在し、世話になった礼もある。
 ついでのような申し込みでは心証が悪くなると、別々の一行がダンラークへ向けて仕立てられたのであった。