クラウドは夜にもう一度、庭園に出た。
 月明りで雪が白く光り、歩くくらいには充分である。
 奥の庭先も、すっかり雪で覆われている。
 昨年来た時は、新芽が萌え出る頃だった。
 今は、まったく別の顔を見せている。
 静かに時の止まった空間。
 風もないのに、微かな物音がして、ゆっくり振り返ると、ティアラが立っていた。
「何となく足がこちらへ向いてしまいましたわ。」
「私の想いが通じたのかもしれません。」
 明日、ダンラークを去れば、おそらく会うことはないない。
 ティアラが嫁ぐ日まで。
「来年には私が殿下の元へ参りますわ。」
「待ち遠しい限りです。姫。」
 クラウドが一歩退いて、剣を前に置き、新雪の上に片膝を折り、深く礼を取る。
「心から貴女を愛しています。」
 騎士として、これ以上ないほどの作法。
 主君に対しては忠誠の、女性に対しては愛の証。
 ティアラが雪よりも白い右手を差し出す。
 クラウドは接吻する。
 お互いの気持ちを受け取る、誓いの儀式であった。


 冬の朝にしては、翌日は陽が暖かだった。
 ティアラはクラウドに一枚の絵を渡す。
「私が毎日見ている風景ですわ。」
 昨日の奥の庭園を描いた、ティアラの自作。
「殿下から短剣をお預かりしておりますから、返礼と思っていただけますか。」
「この絵の中に貴女がいらっしゃると思って、眺めることにいたします。」
 クラウドはドルフィシェの自室の壁に飾り、毎日、見つめるようになる。
 春から初夏にかけての、ちょうどクラウドがダンラークに滞在した期間、目にした光景。
 ティアラ自身の性格が滲み出るような優しい筆使い。
 クラウドは風景画の中に、恋人の面影を思い浮べた。

 婚約が正式に整い、ダンラークからティアラの肖像画も届いているが、王宮の広間に飾られている。
 微笑んでいるかのようなティアラの肖像画に、皆、魅了されたものだが、クラウド一人、不満だった。
 当人はもっと美しい、と。
 たとえ、どんな画家であっても、ティアラを表現できる者はいないだろうとさえ、思っている。
 等身大に近い、ティアラの肖像画を私室に持ち込めず、苛立っていると、カイル卿が、
「殿下には別の品が届けられております。」
 と、告げてくれた。
 卓上に置けるくらいの小さなものであったが、我慢するしかない。
 クラウドは二つの絵を見比べて、ダンラークのティアラへの想いを募らせるのであった。


  第十九話   TOP