第十九話
一段と寒さが厳しくなった時季、エンリックは一通の手紙を受け取る。
読み終えたと同時にすぐさま叫んだ。
「旅支度を!大至急!」
執務室から飛び出したエンリックを臣下達が引き止める。
「この季節に無茶です。陛下。」
レスター候が、おしとどめようとした。
「時間がない。ティアラとローレンスも連れて行く。」
「姫と殿下まで?」
アドゥロウ大臣が聞きとがめる。
「ゼアド・メランズが危篤らしい。」
エンリックの少年時代を共に過ごした旧臣。
近年は床に伏したままであったのだが、病状が悪化したとの報せである。
「行かせてくれ。もう、他にあの当時の者は、いないのだ。」
エンリックにとって苦楽を分ち合った臣下というより、家族に近い人物達の一人。
手に手紙が握り締められたままだ。
アドゥロウ大臣が頷いた。
「馬車の用意をさせましょう。」
宮内大臣が賛同した。
奥ではランドレー夫人が急いで荷物をまとめてくれた。
「済まぬ。マーガレット。子供達を頼む。」
「気をつけていってらっしゃいませ。」
慌ただしく旅立つエンリックをマーガレットは止めようともせず、見送った。
ティアラはわけがわからぬまま、父に連れ出された形になる。
ゼアドは都から多少離れた比較的温暖な地方にいる。
冬でも雪が降る日は数えるほどだ。
エンリックの突然の来訪は、メランズ家の人々を驚愕させた。
現在は時々目を覚ます以外、眠っている事が多いという。
エンリックが枕元に近寄った時も、目を閉じていたが、しばらくして気がつく。
一瞬、ゼアドは自分を見下ろしている人間に不思議そうな顔をする。
「私だ。わかるか。ゼアド。」
「…殿下!エンリック様。」
動かない身体を起こそうとするのを、エンリックが制する。
「国王陛下になられた御方がもったいなく存じます。」
すっかり弱っているが意識だけは、はっきりしている。
ゼアドはエンリックの後ろに立っている人物に視線を向けた。
「フローリア様?まさか、姫?ティアラ・サファイア姫。」
「そうだ。ティアラだ。大きくなっただろう。来年には花嫁だ。」
ティアラは声がつまりそうになる。
フローリアと幼い自分を、この人は知っているのだ、と。
「ティアラ・サファイアですわ。私を覚えていてくださったのですね。」
「もちろんです。お美しくなられた。我らが『宝冠の姫君』。」
エンリックが名付けたティアラを、皆、当時はそう呼んでいた。
正当な王家の姫。希望の象徴。
エンリックがローレンスを抱き上げて、紹介する。
「私の息子のローレンス。皇太子だ。あと、二人の息子と娘が一人いる。」
王家が安泰であることを、エンリックは伝えようとした。
現在は一人ではないと。
ゼアドは黙って、嬉しそうに頷き、再び目を閉じる。
医師の話では春までもたないであろうということであった。
「ゼアドは都から離れるときも戻る時も、一緒に旅をしてくれた。」
エンリックがティアラに説明する。