王宮に配属されたばかりの若い騎士。
 ゼアドがエンリックに付いて都を去った後、妻が息子を生んだ。
 再会できたのは十年を経た後である。
「どうしてもティアラの育った姿を見せたかった。」
 本当であれば重臣として迎えたかったが、健康を害したため、気候の良いこの地を選んで与えた。
 数日後、エンリックは後ろ髪を引かれる思いで、都へと帰ることになる。

 厳冬の中、エンリックがティアラと幼いローレンスを伴ってまで、見舞う人物とは何者か、知らない人間もいる。
 フォスター卿やストレイン伯が出仕する頃にはすでに宮廷を辞していた。
「陛下にとっては、少年時代を支えてくれた特別な人間だ。ゼアド卿は。」
 アドゥロウ大臣は覚えている。
 数少ないフローリアとティアラの顔を知っていたゼアドは、それこそ国中を走り回って足跡を辿った。
 病に斃れたのも、そのせいだといっていい。
「姫が都にいるはずとの情報もゼアド卿が手に入れてきたのだったな。」
 ウォレス伯も思い出す。
 宮廷の臣下の列に加わる事こそなかったが、まぎれもないエンリックの大切な忠臣であった。

 春になりかけた頃、ゼアドの訃報が届き、エンリックは一日中喪に服し、礼拝堂から出てこなかった。

 しばらく気落ちしていたエンリックの元へ、ゼアドの一人息子が都に上り、拝謁を求めてきた。
「陛下に御仕え申上げることができたこそ、生涯の誇りであった。」
 父の最期の言葉を伝えにきたのだという。
 メランズ家の周辺では、すでに春の陽気で、ゼアドが世を去った日も穏やかに晴れた日で、眠るように息を引き取った。
「陛下に差し上げられるようなものではありませんが、遺品の中にございましたので。」
 ゼアドの形見として王宮へ置いていった物は、箱の中に丁寧に布でくるまれていた。
「懐かしいものを今でも大切にしておいてくれたのだな。」
 一人、私室で手に取る。
 短剣より、やや長めの木製の剣。
 エンリックが病弱という建前で、ろくに剣の練習もできなかったが、剣が欲しくてたまらず、ゼアドが作ってくれた。
 自分も手伝った覚えがある。
「私を誇りと言ってくれたか。」 
 思わず握り締める手に力が入る。
 何もできない時代ではあったが、何もなかったわけではない。
 人に恵まれた。
 そして、今も。
 ティアラにマーガレット、何人にも増えた子供達。
 自分を支えてくれる多くの臣下達。
 大切にすべきものを間違えてはいけない。
 王家に嫁ぐティアラも同様だろう。
 ドルフィシェに遣わした者の話では、クラウドも悪評がたったことはないらしい。
 たとえ、文化や歴史が違っても、人の心さえ通じ合えば、どこの国でも問題が起きなくなることを願うのであった。