第二話

 翌朝、ティアラは目が覚めて、一瞬呆然としてしまった。
 羽毛の布団に包まれている自分。まだ、夢の続きかと思った。
 昨日の午後から、いきなりお姫様になったのだ。
 もう、朝早くから修道院の手伝いをすることもないのに、習慣で起きてしまった。
 緊張していたのに、ベッドに入った途端、糸が切れた状態のまま、眠ってしまったらしい。
 とりあえず、ティアラはベッドから出ると、毛足の長いスリッパを履く。
 寝室には、自分の持ってきた荷物も置いてある。が、手に取ろうとしてやめた。
 まさか、今までのような服は着られない。
 衣裳部屋のドレスを思い浮かべると、小さなため息をつく。
 全部に手を通すには、どれくらいの時間がかかるだろう。
 もちろん綺麗なものが気になる年頃ではあるが、昨日まで無縁だっただけに、嬉しさよりも戸惑いが先にたつ。
 それでも、エンリックの喜んだ顔を思い出すと、少し心が和んだ。
 ティアラの父にしては、少年のように若々しく、国王としては気さくすぎる性格。
 だが、自分に向けられた眼差しには、愛情がこもっている。
 少しでも、それに応えよう。
 真剣に接してくる相手は、受け止めないといけない。
 顔を会わせるまでの間、気持ちを落ち着けようと、少女は真面目に考えていた。

「痛…」
 起き抜けに平生にない頭痛に悩まされたエンリックは、思わず頭を抱えた。
(確か昨夜は、部屋で…?)
 一人で酒瓶を何本空けたか。
 ドペンス候とレスター候にたしなめられた記憶がある。ランドレー夫人にもだ。
 思い出して顔が赤くなる。
 とんでもない醜態をさらしたものだ。
 揚句の果てに二日酔いでは、見せられたものではない。
 ふと、視線を動かすと、フローリアの額が目に入る。
(参ったな。せめて、ティアラ・サファイアの前では、ちゃんとしよう。)
 今朝は、もう愛娘は起きているだろうか。一刻も早く顔が見たくなった。
 二日酔いの頭痛で苦しんでいる場合ではないし、ティアラに知られるのは、もっと恐い。
 あの三人が他人に話すとも思えないが、かわりに小言がくるだろう。
 当分は禁酒でもよいか。
 ランドレー夫人の言葉ではないが、酔っぱらいの父親が娘に好かれることは、どう考えてもないのだ。
 エンリックは気分を入れ替えようと、起き上がって厚いカーテンを引いて、窓を開けた。
 明るい光と共に、風が入り込んでくる。
 昨日に続いて今日も好天であった。

 人を呼ぶのももどかしく、いそいそとまるで恋人に会いに行くかの如く、エンリックはティアラ・サファイアの部屋を訪ねた。
 意外にも、きちんと身支度して出迎えてくれた娘がいた。
 部屋に誰も控えていないところをみると、自分同様一人で着替えたらしい。
「おはよう。随分早起きだな。よく眠れたのか。」
 もしや、慣れない場所で寝付けなかったのかと、心配した。
「いいえ。そんなことはありません。いつも通りに目が覚めてしまったんです。」
 ティアラ・サファイアがにっこり答える。
 何とか笑顔が作れる余裕ができた。
「修道院の朝は、早いのだろうな。」
「はい。朝はお祈りから。あの…」
 ティアラは、何か聞きたそうなことがあるらしい。