口ごもるティアラに、エンリックがうながした。
「何か気になることでもあるのか?」
「その…」
ほんの一瞬戸惑った後、思い切ったようにティアラはたずねた。
「礼拝はいつもどこでやっているのでしょうか。昨夜、寝む前に思い出して。」
「え?ああ、お祈り…」
まるで大変な罪を犯してしまったような表情のティアラに、エンリックは面食らってしまった。
毎朝どころか、毎日礼拝するほど、信心深くはない。
育った場所柄、ティアラが敬虔なのは当たり前だ。
不信心を悟られたら、エンリックのの立場がなくなる。
「朝食の前に行こうか。礼拝堂に案内するから。」
「はい。」
心底嬉しそうなティアラ顔に、エンリックは明朝からの礼拝を決意せざるを得なかった。
さすがに、今日はティアラと朝からゆっくり時間を過ごしていられないので、朝食の後はランドレ−夫人に後事を託さざるを得ない。
御前会議の前、エンリックは早々に
「後で仕立て屋と宝石商、細工師の手配を。」
と、伝達したので、聞いた人間は驚いた。
続きの言葉には、誰もが表情に出てしまった。
「明日からの予定を組みなおしてくれ。朝、昼、夜に礼拝の時間をいれて。」
会議室の者は、皆、何事かと思い、窓の外を見る者さえいた。
−嵐でも来るのか、と。
随分、無礼な発想だが、無理もない。
大体、エンリックは宗教的な行事に疎い。
無論、祈りの言葉くらい知ってはいるが、それも好きで覚えたわけではない。
少年時代、本といえば聖書くらいしか、手元になかったからだ。
幸い、フローリアは信仰心が篤かったので、食事や寝る前の祈りくらいはやっていたが、ちゃんとした儀式となると、都に戻ってきてからだ。
臣下の露骨な反応に気付いたのか、エンリックは渋々と白状した。
「ティアラ・サファイアが熱心だから。」
この時、一同が深く頭を下げる。
「姫君の件、おめでとうございます。」
正式にエンリックが、ティアラを娘と認めた。
国としての慶事は、エンリックが王位を継いで以来だ。
「フローリアの訃報は残念だが、それでも娘が帰ってきた。これも皆の努力のおかげだ。礼を言う。」
エンリックも、素直に言葉にだした。
「お披露目をしなくてはなりませんね。」
一人がエンリックに言うと、
「それはもう少しティアラが生活に慣れてから、盛大に催す。だが準備だけは整えていてほしい。今は公布だけで良い。」
「早急に。」
宮内大臣と典礼大臣が声を合わせる。
ティアラを公式の場に出すのは、ある程度、人に接してからの方がよい。
女ばかりの修道院生活だったのでは、いきなり貴族や騎士に囲まれても、とまどうだけだ。
「これからのご予定は…」
ストレイン伯が言いかけるのを、エンリックは遮った。
「しばらく様子を見て、作法の家庭教師でも付けよう。あと、会話の練習か。」
実は、ストレイン伯が確認したかったのは、今日の議事だ。
他にも決済事項はあるのだが、エンリックの頭の中にはティアラのことしかないらしい。
誰も、姫のことは後程に、と水を差すようなことは、口に出せるはずもなかったので、会議が長引くことを覚悟した。