第二十話
婚礼の朝。
天気さえ、二人を祝すかの如く、快晴であった。
クラウドは早朝から、時間を気にしている。
ビルマンから見れば落ち着きのないこと甚だしい。
何度も部屋を出たり入ったり、廊下を歩き回ったり。
「もう、都に入られたであろうか。」
「じきにお見えになられます。殿下。」
カイル卿と幾度となく、同じ会話を交わす。
宮殿内をうろつかれてはと、私室に押し込められると、少しは気が休まったらしく思えた。
カイル卿が側を離れる。
いつまでも見張っているわけにも行かない。
油断したのがいけなかったのか、クラウドが部屋から消えた。
花婿がいなくなり、ビルマンを始め、侍従達も真っ青になって探し出そうとする。
「どこへ行ったかわからぬのか!?」
カイル卿が、はたと思いつく。
「もしや、姫をお迎えにいらっしゃったのでは…?」
クラウドはティアラに会いたがっていた。
やりかねない、と誰もが思った。
「連れ戻せ!」
カイル卿が数人の騎士と共に早馬で追いかける。
なにも婚礼の直前に出て行くこともないだろうに、人騒がせな皇太子が恨めしい。
ティアラは都の中を馬車で走り抜けようとしていた。
もうすぐ都の街並みが見えるという頃、一頭の馬が勢いよく近寄ってくる。
大きくなる蹄の音に、さては狼藉者かと、レスター候とウォレス伯が馬車から騎馬へ移ろうとした。
怪しい者をティアラに近付けさせるわけにはいかないと思った、瞬間。
「姫!」
聞き覚えのある、大きな声がした。
(まさか。)
二人の貴族は顔を見合わせる。
異変に気が付いたのか、ティアラが窓から、顔を覗かせる。
一目散に駆けて来るのは、まぎれもないクラウドであった。
「殿下!?」
ティアラが驚愕の声を上げる。
馬車を一旦止めて、降りようとするのを、クラウドは止めさせる。
「そのままで結構。待ちきれなくて、会いに来たまでです。ようこそ、ドルフィシェへ。姫。」
クラウドも馬上から挨拶する。
エルデ公は仰天する。
予定にはなかったクラウドの行動だ。
ティアラが顔を覆っていたベールを上げる。
以前にも増して、美しくなっている恋人に、クラウドは息を呑む。
ティアラも突然現れたクラウドに言葉を忘れる。
いつまでも行列を止めてはいられず、ゆっくりと動き出す。
その内に数騎の人影が見えた。
「私の迎えが来たらしい。」
黙って抜け出してきたのだ。
戻らねばならない。
「王宮でお待ち申し上げる。また後程、姫。」
「殿下。お出迎え、ありがとうございました。」
ティアラが窓越しに声をかける。
手を振って、クラウドは去っていく。
馬上の者達も、そのまま一礼して、速足で戻って行った。