…夜の帳に包まれた頃、夜着姿の二人は寝室の中にあった。
 男の前で、このような格好でいたことのないティアラは、ためらいがちだ。
 扉を閉めると同時に、蝋燭の灯が揺れる。
 天蓋の内側で、クラウドの声が響く。
「愛している。私のティアラ・サファイア。」
「…クラウド様…。」
 −私のティアラ・サファイア−
 そう呼ぶ人間が、一人増えた。
 クラウドの腕の中で、薄衣を通して、微かに震えているのが、伝わってくる。
 怖がっているのかと思うと、愛しさが増してくる。
 ゆっくりとクラウドは、ティアラの細い肩を抱きしめた。

 小鳥の鳴き声で呼び起こされたクラウドに、目を閉じている白い顔が映る。
 絹糸のような金の髪が、額に落ちかかっていた。
 思わず抱きしめたくなった瞬間、ティアラの瞼が開く。
 たちまち耳まで桜色になって恥らう様が初々しい。
 言葉のかわりに腕を伸ばして抱き寄せ、素肌の感触を確かめた。
  

 婚儀に関連した行事が続く中、数日後にレスター候、ウォレス伯両夫妻が帰国の挨拶をする。
 さぞ、エンリックが首を長くして待っているに違いない。
 ティアラはルイーズとエレンに、短い言葉をかける。
「くれぐれもお元気でいてくださいね。皆様によろしくお伝えください。」
「妃殿下のお幸せを、いつもお祈りしております。」
 宮殿の外まで見送っていきたいのを我慢して、後姿をティアラの視線が追う。
 ドルフィシェの宮廷からダンラークの人間がいなくなる。
 部屋で一人、窓を眺めるティアラの背後にクラウドが立つ。
「寂しいか。」
「いいえ。私、もうドルフィシェの人間ですもの。」
 振り向いたティアラを、クラウドは優しく両腕で抱きすくめる。
「無理しなくていいから。」
 涙ぐんでいたティアラが、声を押し殺して泣き始めた。
 故郷が遠ざかっていくことが、どれほど心細いか。
 一人耐えようとしているティアラに、決して手を放すまいとクラウドは思うのであった。


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