第二十一話

 ドルフィシェでの新生活は、時が立つのが早かった。
 クラウドは元より政務の補佐を行なっているから、尚更だ。
 どれほど忙しくてもメリッサとレジーナの二人の姫に、ティアラは時間の合間を見て話しかけている内、自然と仲良くなる。
 メリッサは十四、レジーナは十二。
 この美しく優しい兄嫁にすっかり打ち解け、まとわりつくようになる。
 皆が微笑ましく思う中で、クラウド一人苦りきっている。
 おかげでティアラと二人きりの時間が取りづらくなってしまった。
「ティアラは私の妻だぞ。」
「だから私達のお姉様でしょう。」
 少しは気を遣ってもらいたいのだが、妹達には通じない。
 揚句の果てに、
「お兄様が意地悪をおっしゃるの。」
 ティアラに告げ口をされてしまう。
「父上。何とかしてくれませんか。二人を甘やかすからこういうことになるんです。」
「自分ばかり良い目を見ようと思うからだ。」
 呆れたように息子を見やる。
 ビルマンは王妃をなくして以来、独身ではあるが愛人がいなかったわけではない。
 後宮に入れるような女性達でなくても、不特定存在していた事はクラウドも知っている。
 見て見ぬ振りをしてきたのだが、ティアラと結婚する前に言ったのだ。
「父上。今後は身を慎んでいただけませんか。」
「突然何を言い出す。お前の知ったことではない。」
「私も父上の私生活に口を挟みたくありませんが、ダンラークの陛下と姫は清廉な御方です。私まで浮気な男と思われるのは心外ですから。」
 恋人に嫌われたくないから、現在の女性達に手を切れと、大真面目な顔をして部屋に押しかけてきた。
「ダンラーク王とて一人いるではないか。」
「皇太子の生母ではありませんか。一緒にしては怒られます。気に入られた方であれば、後宮に召すなり考えてください。天国の母上が嘆いておられますよ。それにメリッサとレジーナが知れば何と思うかわかりませんよ。父上。」
 クラウドの話を了承したわけではないが、痛いところをつかれたビルマンは、当分おとなしくする事にした。
 彼も父親だ。
 二人の娘達には嫌われたくない。
 元々、好色という質でもないのだ。
 つい独り寝の寂しさを紛らわせたくて相手を求めたが、ビルマンなりに三人の子を残してくれた王妃を愛していたのであった。

 ティアラは皇太子妃として、充分期待に応えてくれている。
 事あるごとにクラウドやビルマンに、
「何分不慣れでございますから、行き届かない点もあるかと存じます。」
と、言ってはいるが、謙遜にしか聞こえない。
 多分、嫁ぐ前にかなりドルフィシェについて知識を身につけてきたとしか思えない節がある。
 国の様子を知ることに熱心な態度は、二人の姫以上だ。
 敬虔なのも変わらぬままで、
「殿下が急に信仰深くなられた理由は妃殿下であったか。」
ティアラの知らぬところでささやかれている。
 不信心の一歩手前であったはずのクラウドが、ダンラークからの帰国後、礼拝堂に通うのを妙に思う者達もいたのだ。
 当然ティアラは教会に目を向けたいのだが、しばらくは遠慮して口に出さなかった。
 クラウドが気を利かせて、ビルマンに打診してくれた。
「学校や病院にも訪問してよろしいでしょうか。」
 感心なティアラの申し出に、ビルマンは喜んで許可を出した。
 王立学院に図書館を見て回り、病院や施設を慰問するティアラは、瞬く間に慈悲深いと評判になる。
 美しいバラには棘があるなどと心無い噂もあったが、吹き飛んでしまったようだ。