何をしても中途になってしまうメリッサやレジーナも、最近はティアラと共に手芸や音楽に興味を持ち習っている。
 中にはティアラに取り入ろうとする者もいたのだが、ダンラークに不思議なくらい賄賂の横行がなかった。
 従って覚えのない人物からの贈り物は、
「陛下か殿下にお伺いをたてないと受け取るわけには参りませんから困ります。」
 ティアラは全て断った挙句、夫に筒抜けになる。
 話を聞いたクラウドは笑い出した。
「ティアラも陛下も潔癖だから、縁がなかったのだろうな。」
 袖の下の意味を知らないとは、いかに純粋な環境にあったかを物語る。
 外から見ればエンリックは型破りの王だ。
 ティアラはドルフィシェに来てから、そうと気付いた。
 人におもねるということがない、自由な空気がダンラークには漂っていたが、ここでは違う。
 ドルフィフェの都は、特に商業都市の趣が強い。
 比較的、海や港に近いせいだが、利権に絡む話が多いのも道理だ。
 ティアラは港町を良く知らない。
 ダンラークの都は海から距離があり、簡単に行き来ができなかった。
 国の一面を知るためにも良い機会を作ろうと、クラウドは考えた。
 ちょうど新造の交易船があることを調べてわかると、ビルマンに談判した。
「進水式に出席したいのですが。」
「あれは国の船だから構わぬが、どういう風の吹き回しだ。」
 式典など面倒くさがって顔さえろくに見せないクラウドにしては珍しい。
 新妻のためとはいえ、関連行事に意欲を燃やしてくれるのは、立場上、願ってもない。
 せっかくだからと小旅行にして、漁村にも立ち寄ることにした。
 ティアラは潮風を、生まれて初めて肌で感じた。
 都とは、まったく質の違う港町の活気に目を見張る。
「夜でも賑やかなことも特徴だ。」
 船乗りが多く出入りするから、酒場も多い。
 街に響き渡る音楽も陽気だと、クラウドは教えた。
 さすがにティアラを陽の落ちた繁華街に連れ出すわけにも行かず、話しだけにとどめる。
 漁村では漁師の水揚げの様子に感激し、獲れたての新鮮な魚介料理に感動した。
「このようにおいしい料理もあるのですね。」
 ティアラの素直な言葉は、その場の人々を喜ばせ、さらに材料や調理法に耳を傾けた。
 日程の都合で舟遊びまではできなかったが、ティアラが雰囲気を充分に楽しんでくれたので、クラウドも満足する。

 何にでも目を向けようとするティアラの態度は、ビルマンに好感を与える。
 −クラウドにしては、でかした嫁を見つけてきた−
 口にこそ出さないが、心中で思っていた。
 宮廷でも皇太子が最近変わってきつつあることを認めざるを得ない。
 以前、どこか角のあるようにも見える時もあったが、全体的に柔らかく行動に幅が出てきた。
 性格はそのままなのだが、落ち着きが見えることが、一番の変化だ。
 ビルマンと共に喜んだのは、側近のカイル卿である。
 もう彼が手を焼くこともないだろう。

 束の間、クラウドがティアラと部屋で二人きりで寛いでいる時、メリッサとレジーナが駆け込んできた。
 邪魔をされたクラウドは、妹達を非難した。
「やれやれ、少しは淑女らしくなってきたかと思えば、そうでもないな。」
 クラウドの言葉を聞いている余裕もないらしい。
「お兄様。カイル卿が宮廷を退がるというのは本当なの?」
 クラウドは驚いて、ソファーから立ち上がった。
「誰が言った。そんな話。」
「違うのでしょう?」
 妹の質問に答える間もなく、クラウドは部屋を飛び出した。
「カイル、どこへ行った!」
 大声で王宮の内外を探し回ることになる。