やがて春風が吹くようになり、間もなくクラウドとティアラの婚儀から一年が経とうとしている。
ティアラが身重なので、記念式典はごく簡単に催される。
どうせ、すぐに慶事は続くのだ。
王子でも王女でも誕生式典は華やかになるだろう。
ティアラにとって今年の初夏は身体の変調もあるが、随分過ごしにくい。
陽射しが強く、気温も高い。
緑の濃い日陰にいれば何とかしのげるものの、日中は外に出られない。
クラウドが言うには、ドルフィシェの夏の暑さはダンラークより上回る。
部屋の窓を開け放し、風通りを良くして、日を送っていた。
七月の夕暮れ、クラウドが付き添って、ティアラは軽く庭園を散策する。
花の色や種類に趣向が凝らされていて、実に見事なものだ。
華麗な様は見る者を楽しませる。
つい足取りも軽くなろうというものだが、さすがに今のティアラでは限度がある。
気分良く部屋へ戻ったティアラが、刺繍の図柄でも考えようかと机に向かいかけて、うずくまった。
必死に立ち上がって、卓上の呼び鈴を手にした時、クラウドが入ってくる。
「ティアラ!」
駆け寄って、かわりに呼び鈴を鳴らす。
「生まれるのか!?」
夫の問いかけに、微かに頷いた。
鈴の音が響き渡った後は、騒然とした夜の始まりである。
ティアラの産室の前で落ち着かない様子のクラウドにビルマンが声をかける。
「すぐには生まれぬ。多分、今夜一杯かかる。」
「そんなに!」
「最初の子は特にな。お前の時も一日かかった。」
動揺するクラウドをとりあえず別室へ連れて行く。
扉の前にいられては人の出入りの邪魔になる。
メリッサとレジーナもかなり遅くまで起きていてくれたが、宥められてそれぞれ部屋へ引き取っていった。
「生まれたら起こしてくださいね。お兄様。」
そう言い残して。
夜半過ぎ、お茶の手配がされ、カイル卿が黙ったままのクラウドにティーカップを差し出す。
受け取ったクラウドの手の中で、カタカタと、カップと受け皿が音を立てている。
「ティアラ、大丈夫だろうか。」
「きっと妃殿下も御子様もご無事です。」
一睡もしないまま、白々と空が明るくなってきた。
いくらなんでも時間がかかりすぎると、クラウドは再び廊下に出る。
中の様子がわからないことで、一層クラウドを不安にさせるのであった。
いっそ、部屋へ入ろうかととまで考えた時、目の前の扉が開く。
たじろぐクラウドに医師が弾んだ声を出す。
「殿下。おめでとうございます。男の御子様です。王子殿下にあらせられます。」
気が付けば、元気な泣き声が響いている。
真っ白な産着に包まれている、生まれたばかりの赤ん坊。
ただ泣きじゃくる我が子を、クラウドは感激して見つめる。
「ティアラは?」
「もちろんご無事です。お疲れになっていますから、お静かに願います。」
安産だったとはいえ、長く時間がかかった後だ。
ティアラはベッドに横たわっていたが、クラウドの気配に気付いた。
「良く頑張ってくれた。元気な男の子で嬉しいよ。」
ティアラの伸ばした手を、しっかり握り締める。
「ゆっくりお寝み。私のティアラ・サファイア。」
ティアラはクラウドの言葉を聞きながら、満足そうに眠りに付いた。