レスター候とウォレス伯の友人ヘンリー卿も長い間の独身主義を手放した。
 女性の趣味が変わったのかと、二人は思ったくらいだ。
 没落貴族の令嬢で、一部では財力で花嫁を買ったとも噂された。
 事実はもちろん違う。
 窮乏した家を健気にも守ろうとする彼女に惹かれたらしい。
「遊びで手が出せる相手ではなかった。」
 親友にだけ真面目な顔で打ち明けたものだ。

 ダンラークの人間もティアラが幸福に暮らしている話を聞き、喜ばしく思った。
 夫とも仲睦まじく、三人の子にも恵まれ、良い家族関係を築き上げている。
 ドルフィシェでは「聖母の再来」とまで、国民に慕われているティアラであった。

 皇太子妃として来訪しているので、別室も用意されてるが、昔の部屋も使用できるようになっている。
 エンリックがどちらでも良いと言ってくれたので、着いた日は懐かしい自分の部屋を選んだ。
 きっと旅の疲れも忘れるだろう。
「子供達に会いたくなったら、私のところへ来なさい。」
 ティアラが興味をそそられて部屋を訪ねると、我が子そっくりの人形が置いてある。
 クラウドが新しく子が生まれる度送ったので、今では三体に増えている。
「ティアラには特別に貸してあげよう。」
 エンリックに見せられた人形をティアラは初めて目にする。
「中々、ユーモアのある方だな。クラウド殿は。」
 てっきり肖像画か何かだとティアラは思い込んでいた。
 後でマーガレットに聞くところによると、エンリックの「お気に入りの宝物」で、カトレアが触れるのは着せ替えの時だけだそうだ。
 季節ごとに何枚かの服を作らせてあり、その中には、もちろんマーガレット自作のものも含まれている。
「私、少しも存じませんでしたわ。」
「殿方には秘密も多うございますわ。もっとも隠すのもお上手ではありませんね。」
 確かにエンリックもクラウドも言動ですぐわかってしまう事がある。
 嘘がつける性格ではない。
 ティアラもマーガレットも同じような立場の夫を持ち、妻として、母として、現在では女同士の話が出来るようになっている。
 ティアラにとっては母であり、姉であり、親友である存在。
 マーガレットもまた、変わっていない人物の一人であった。
 少女時代の部屋で、すっかり安心して眠りについたティアラは、長旅の疲れなど吹き飛んでしまったようである。

 翌朝、奥の庭園に出て、改めて周囲を見回す。
 季節の花々の花壇も、菜園も健在だ。
 唯一違った点は、テラスの椅子が増えたことかもしれない。
 長い時間の溝を心配していたことが、晴れていく気がした。

 公式訪問中であるから、ティアラも思い出ばかりに浸っていられない。
 当然、関係者の挨拶を受けたり、各所への視察も行なう。
 あまり無理のない配分で、予定が組み込まれている。
 午後のお茶の時間は、必ず親しい人々と過ごせるよう、考慮されていた。
 ティアラはサミュエルの婚約者に会えるので、早く打ち合わせから帰ってくることを願っている。