第二十五話
サミュエルはほとんど眠れないまま、一夜を過ごし、バルコニーで陽が昇るのを見ていた。
金色の光は、空の青さと共に広がっていく。
涼風が心地よい快晴である。
ローレンスを含めて、弟妹達は幼いため、叙爵式には出られない。
ただ彼らにとって同母の兄だから、挙式には列席する。
マーガレットも公式の場には顔を出すことは避けていたが、何といっても実母だ。
すべての式典に参列する。
諸事打ち合わせのため、礼装に身を固めたサミュエルが一足先に出て行く。
「行ってきます。」
「また後で、サミュエル。会場で待っている。」
次に会う時、エンリックは玉座にいるはずだ。
「はい。陛下、本日までありがとうございました。」
一礼して部屋を辞す後姿を見ながら、エンリックはティアラの嫁いだ朝を思い出した。
また一人、自分の手を離れてしまう。
一抹の寂寥を覚えつつ、エンリックもゆっくりしていられない。
ティアラもマーガレットも不在になるので、ランドレー夫人が留守を預かる。
フォスター卿もストレイン伯も、今日は参列者に加わっている。
一体、どの家を継承するのやらと、好奇心に満ちた者達が大広間の左右に集まっている。
玉座から一直線に伸びた緋色の絨毯に上を、もうすぐ主役となる人物が歩いてくる。
エミりも両親と共に見守るように列席している。
マーガレットは、何とも言えない心地である。
あくまで控えめに、皇太子の生母として威を振りかざす事もなく、日々を過ごしてきた彼女にとって、晴れがましさより事の重大さが先に立ってしまう。
やがてティアラが姿を現すと共に、エンリックが大臣達と入ってくる。
エンリックが玉座に着くと、正面の扉が左右に開き、サミュエルが真っ直ぐ歩いて進む。
国王の前で膝を付き、頭を下げる。
おもむろに典礼大臣が一通の証書を取り上げ、読み上げる。
「サミュエル・ナッシェル。本日よりコーティッド公爵に叙し、公領を賜る。」
しん、と静まり返った場内で、皆が驚愕の目を見張る。
コーティッド公爵家。
ダンラークで名高い権門。
かつてエンリックの祖母である前皇太后の実家で知られている。
王族にも縁の深い家名。
それをエンリックはサミュエルに与えた。
サミュエルに対する情愛を示すと同時に、マーガレットへの寵愛をもうかがわせることになる。
貴族の序列で、国王と王子達を除き、サミュエルより上席の者はいない。
マーガレットは思わず両手を握り締めている。
サミュエルは頭上に響いた言葉が信じられない様子だ。
顔を上げたまま、一瞬、呆然した後で、ようやく礼を述べる。
「ありがたき幸せにございます。心から忠誠を誓い申し上げ奉ります。陛下。」
エンリックから直に証書を受け取る。
後ろからではわからないが、サミュエルの手が幾分震えている。
「たった今からコーティッド公爵だ。署名を間違いなきように。」
この直後に結婚式が控えている。
挙式の際の署名について言っているのだろう。
通常は祝宴に移るが、今回は例外だ。
新公爵は後程、叙爵と結婚、両方の祝宴のために王宮に戻ってくることになる。