叙爵式が終わり、控えの間に退がったサミュエルは別にして、レティ夫妻とエミリの元にも祝辞が寄せられる。
エミリは子爵令嬢から一足飛びに公爵夫人になろうとしていた。
人波を掻き分けてサミュエルのいる部屋へ行くと、水の入ったグラスを手にしている。
「どうしよう。」
今頃、上がってきたらしい。
エンリックがひた隠しにした理由もわかる。
事前に通達されれば固辞しただろう。
サミュエルの額が汗でびっしょりだ。
かといって挙式の時刻もあるので、二人とも追い立てられるように準備にかかる。
花嫁の支度が整うまで、サミュエルは本当に紙に何度も新しい名前の綴りを練習していた。
サミュエル・ナッシェル・コーティッド。
エンリックは正式名にサミュエルの実名を省こうとはしなかった。
それもまた彼の名には違いないのだから。
挙式の最中、サミュエルは落ち着いていた。
叙爵式に比べれば、である。
カトレアが
「お兄様、素敵ね。エミリさんも綺麗。」
ローレンスとマーガレットにささやいた。
新郎新婦とも絵になる一対である。
パイプオルガンと賛美歌が流れる中、誓いの言葉と口付けを交わし、祝福の拍手を受けて、扉へと向かう。
外に出た時、サミュエルは素直に嬉しそうであり、エミリの瞳には涙が光っている。
再び宮殿へと引き返し、結婚の報告の後、祝宴が始まる。
サミュエルは物心ついて以来、一日にこれほど礼服を着替えた事はない。
エンリックとティアラが臨席しているとはいえ、若い二人の門出のため、サミュエルは遠慮なく祝辞と一緒に冷やかされもする。
「おめでとうございます。
公爵。」
そう呼ばれる度、耳まで真っ赤になるところは、いかにも若者らしい。
いきなり娘婿が公爵になったレティ子爵も喜びと驚きが入り交ざった表情で人々に応えている。
エンリックに笑いながら、
「コーティッド公であれば令嬢の相手に不足もなかろう。」
声をかけられた時には、恐縮して深く一礼する。
もちろん妬みや僻みの目を向ける者達もいた。
「何故コーティッド公爵家をあのような若造が。」
「まったく陛下は甘くておられる。」
声高には言えないが、彼らはサミュエルの風下に立たされることになるのだ。
マーガレット自身、元は子爵夫人とはいえ、平民の出身かと思えば、気に入らない人間もいた。
だが国王の近臣達はそうは考えていない。
どれだけエンリックがマーガレットとサミュエルを大切に思っているか、知っている。
「今後はコーティッド公とお呼びいたしましょう。」
レスター候を始め、教育係であったストレイン伯、オルト男爵、フォスター卿からも同じような祝辞を述べられ、困惑する。
長年世話になった彼らを飛び越して、サミュエルは上位になってしまった。
エミリは心の準備もないまま、公爵夫人になってしまい、動揺している。
十七歳の花嫁も多くの貴婦人に囲まれていた。
エミリもまた、ティアラが他国に嫁いでいる現在、カトレアとマーガレットに次ぐ、地位の高さを持つことになる。
何度も祝杯を勧められ、律儀に全部受けたサミュエルの顔が火照っているのは、酒気だけではなかった。
ティアラもサミュエルに祝いの言葉をかける。
「おめでとう、コーティッド公。お幸せを願っておりますわ。」
「ありがとうございます。妃殿下のご臨席を賜り、光栄に存じ上げます。」
お互い儀礼的な挨拶ではあったが、表情が和やかである。