主だった貴族の姿の中に、サミュエルとエミリの顔が見える。
「これからどうされるおつもりですの。」
「いずれは官職にと思っているのだが…。」
 エンリックとしては武官か文官か、どちらか向いている方をと考えていた。
 しかし期待以上に育ったサミュエルは正に文武両道だった。
 新婚の青年公爵は夫人と共に顔見知りに囲まれていたが、人に勧められたのか、次の曲にエミリの手を取ってダンスの輪に加わる。
「本当にお似合いですわ。」
 ティアラがサミュエルとエミリを見て言った。
 エンリックが頃合を見計らい、サミュエルに声をかける。
「新居には慣れたか。」
「まだこれからです。」
 隣のいるエミリも少し照れているようだ。
 慣れるも何も、大体、サミュエルは朝と夜以外、ほとんど宮廷に出てきている。
「前よりダンスが上手になったこと。」
 ティアラが知っているのは、子供の頃の話だから、当然だが。
「一曲、踊ってきたらどうだ。ティアラ。」
 エンリックがティアラを促し、
「公爵夫人は私が借り受けて構わぬな?」
 一応、サミュエルに断って、エミリの手を取った。
 エンリックがティアラ以外の女性をダンスに誘う事もなかったし、ティアラに他の相手を近付けさせもしないが、サミュエルは身内だ。
 つい見送ってしまったが、ティアラがサミュエルに問いかける。
「コーティッド公、よろしいかしら。」
「喜んで、妃殿下。私と踊っていただけますか。」
 見た感じよりサミュエルは名手であり、ティアラは弟の成長をまたかみしめる。
 エミリも家族以外と踊った事がなく、非常に堅くなっていた。
 しかも相手は国王だ。
 人々の視線が集まる中、夫の傍へ戻ってきた時は、ほっとしたものだ。
 最後の曲は、エンリックがティアラに右手を差し出す。
「私とクラウド殿とサミュエル、誰が一番上手か?」
「ローレンスもおりますわ。」
 踊っている最中に質問され、ティアラはにっこりと微笑み、それ以上答えなかった。
 何にせよ、ティアラのダンスの相手を務めた人間に、どうしようもない下手だけはいないのは確かである。
 まだ足を踏まれた事がないのだから。

 ティアラの見送りには家族以外にも多くの人が名残を惜しんでくれた。
 カトレアとアシューが寂しそうに別れを告げる。
 都の外門までローレンスとサミュエルが付いてきてくれる。
 マーガレットを始め、貴婦人達は泣くまいとしていた。
「元気で、ティアラ。ドルフィシェの方々によろしくお伝えしてくれるか。」
「はい。お父様もお健やかで。」
「今度は是非、孫の顔が見たいな。」
 いつになるかわからないが、エンリックの本心が込められている。
 ティアラの馬車がゆっくり動き出す。
 街道を通り抜け、外門近くでローレンスが別れの挨拶をする。
「どうぞ、またお会いする日までお元気でいてください。姉上。」
「ローレンスも皆の言う事を良く聞くのですよ。サミュエル、エミリさんと幸せにね。」
「はい。ティアラ・サファイア様もお達者でお暮らしください。道中、お気をつけて。」
 再び走り出す馬車に、ローレンスが手を振っている。
 二人の弟に見送られ、ティアラはダンラークの都を出立した。
 故国を去り、夫と子供達の待つドルフィシェへと進むのであった。


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