第二十六話
国境を越え、ティアラがドルフィシェの都へ入った日には、もう秋も深まりつつあった。
すっかり空が高く感じられる。
ティアラの帰国を首を長くして待っていたのは、クラウドも子供達も同じであった。
マリッシュとファルが駆け出して、ティアラを出迎える。
「お帰りなさい。母上。」
クラウドが走らなかったのは、分別があったからではなく、パールを抱きかかえていたからだ。
幼い兄弟がまとわりつき、歩みを止めたティアラの前に、クラウドが声をかける。
「お帰り、ティアラ。楽しんでこれたか。」
「はい。ありがとうございました。」
クラウドの手から、娘を自分の腕で抱きしめる。
「ただいま、パール。お母様を覚えていて?」
優しい声にパールが笑う。
機嫌が良いらしく、はしゃいでいるようだ。
「陛下。長い間、不在にいたしました。ただいま帰ってまいりました。」
ビルマンも帰国の挨拶をするティアラをねぎらってくれた。
「長旅、ご苦労。久しぶりの故郷はどうであった?しばらくはゆっくるすると良い。」
部屋に引き取ってからも、マリッシュもファルもティアラの側を離れない。
左右を息子に横取りされて、クラウドはティアラの隣に座れず、さりげなくファルを自分の膝に乗せた。
ソファーの中心にパールを抱いたティアラ、母の膝にマリッシュが甘えるように寄りかかり、反対側にファルとクラウドが座っている。
「皆、良い子にしていましたか。大変でありましたでしょう?」
「そのような事はなかったから、安心しなさい。」
クラウドのティアラを気遣った言葉。
カイル卿が聞けば、苦笑するだろう。
散々、手を焼かされ、メリッサとレジーナが世話をしてくれたおかげで、何とか持ちこたえたようなものだ。
わがまま放題のマリッシュとファルに、
「おとなしくしていないと母上は帰ってこないぞ。」
とクラウドが叱りつけ、やっと場が収まったことは数え切れない。
泣き止まないパールにだけは通じず、本当に困ったのだが。
ティアラの顔を見た途端、三人とも、さも今まで静かであったようだが、とんでもないことである。
いかにティアラが大切な存在かを、深くかみ締めたのは、クラウド一人ではない。
中々、ティアラから離れたがらない子供達を、一人一人寝かしつけるのに時間を要したのは、無理ないことであった。
ようやく夫婦で語り合うことが出来る頃には、すっかり夜も静まり返っている。
「本当に今度の事は感謝いたします。」
「喜んでくれたのなら、それで良い。皆、息災であられたか。」
ティアラはダンラークでの日々を、クラウドに話した。
もっとも、サミュエルの話題が多いのは当たり前だが。
「公爵に叙せられたか。すごいな。」
「はい。本人が一番驚いておりましたわ。」
クラウドはコーティッド家の由来を聞き、益々興味を持った。
王家の縁に繋がる家門を実子ではないサミュエルに与えるとは。
「大きくなっていたであろう。」
クラウドの頭の中には、少年の頃の姿しか残っていないが、いつも一歩後ろに控えている印象が強い。
「背はあなたと変わりませんもの。ローレンスもすっかりお兄さんらしくなって。きっとマリッシュもあのようになってくれますわ。」
ティアラには子供達が、嫁ぐ前の弟達そのままに思えてならない。
「性格がティアラに似ていれば、の話だ。」
クラウドは素直に賛同しかねる。
エンリックもマーガレットも、おそらくフローリアも基本的に穏やかな性質に違いないだろうが、クラウドは明らかに異なる。
半分は彼の血を引く子が、どこまでおとなしくなるのかは、甚だ疑問だ。
息子達はともかく、せめてパール・クリスタルがお転婆娘にならないことを祈るしかない。
この不安はティアラにはわからないようである。