仰天したのは見物人である。
 剣はものの見事にはじけ飛ばされ、同時に動きも止まった。
 やっとサミュエルとカイル卿は、周囲の状況に気付いたらしい。
「何とも手荒な止め方だな。」
 クラウドが剣を拾い上げるレスター候を見て言った。
 もっとも剣を取り落としたのはカイル卿も一緒だったが、サミュエルも怪我はしていないようだ。
 それ程暑くもないのに、二人とも汗だくになっている。
「残念ですが引くことにいたしましょう。」
「ありがとうございました。」
 カイル卿とサミュエルがお互いに一礼して、クラウドとレスター候の元へ戻ってきた。
「できれば、もう少しお手やわらかに止めていただけませんか。」
「あいにく私はそれほど剣が得手ではありませんので、失礼しました。」
 カイル卿の非難のこもった言葉にレスター候はそう答えた。
 彼は手っ取り早い方法を選んだだけである。
 四人は早々に、場を立ち去った。

 サミュエルとレスター候が離れた後で、
「どうだ。ティアラの弟御は。」
 クラウドがカイル卿に訊ねる。
「腕が痺れました。おとなしい顔をなさって強いです。」
 最後、カイル卿が弾みとはいえ、自分の手から剣を落としたのも、そのせいだ。
「だが武官ではないらしい。」
「ダンラークは騎士が余っておられるのでしょう。」
 あれだけの技量、すぐにでも将軍になれるはずだ。
 それに見合うだけの才識を持ち合わせているのであれば、決して見かけ通りではない。

 ティアラはサミュエルの騎士としての資質については良く知らないが、教養には気付いている。
「お父様も熱心でしたけど、サミュエルは努力家ですもの。」
「陛下の秘蔵っ子、というわけか。」
 もしローレンスが同じように成長していくのなら、ダンラークは揺るぎのない柱に支えられる事になる。
「人を育てる名人であられる。ティアラの父君は。」
「あら、お父様お一人で全員を世話しているわけではありませんわ。」
「もちろん母君もだ。」
 ティアラにとってマーガレットも大切な母だ。
 正式な王妃ではなくても、ローレンス以下三人の子の生母。
 一人だけエンリックの血を引いていないサミュエルが、子供ながらどれだけ気にして過ごしていたか、ティアラは知っている。
 エンリックもわかっていたからこそ、余計に手厚く扱った。
 自分が甘えたい盛りを、弟達の面倒を見ながら成長していく様を愛しく思いながら。
「ティアラも同じであったな。比べて私はとんでもなくわがまま者だった。」
 クラウドが過去を振り返る。
 やりたい放題の子供時代。
「子供達と私には優しい方ですわ。」
 嫁いだ頃と変わらず、クラウドはティアラに心をくだいてくれる。
 次々と子が生まれる度いたわってくれ、文字通り良き夫である。
 皇太子妃の重責に耐えられるのも、クラウドのおかげだと思っている。
 クラウドもビルマンも、ティアラがマリッシュとファルを生んだ時点で、義務と責任を果たしたと考えていた。
 国にとって世継ぎの王子程、重要な存在はないのだから。


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