どうしてもビルマンが折れない時は、クラウド自身でレジーナを送り出す気で。
「修道院へ入るだけならまだしも、心中でもされたら取り返しがつきませんから。」
説き伏せるというより脅迫だが、さすがのビルマンもこれには承服せざるを得ない。
末娘で甘えてばかりいたレジーナも、いつの間にか一人の女性になっていることを、認めるしかないようである。
メリッサのように盛大に祝ってやる事も、豪奢な花嫁支度も整えられないことが心残りだが。
事の次第を知ったエンリックは、騎士にドルフィシェへの仕官を勧めようとした。
可愛い娘の夫であれば、ビルマンに優遇されるだろう。
だがレジーナを出世の踏み台にはできないと断った。
「欲のない所はそっくりだ。」
クラウドはレジーナの恋人とカイル卿の共通点を見出した。
「身分や地位で幸せは決まるものではありませんわ。」
「女は好きな男のために強くなれるのだな。」
ティアラもクラウドの元へ嫁ぐ時、故郷を離れた。
ダンラークでの生活以上の幸福が得られる保証など、なかったはずだ。
「私はあなたを信じておりますもの。」
クラウドであればと思ったからこそ、妻になった。
何も皇太子妃の地位に釣られたわけではない。
たとえビルマンに反対されて、クラウドが勘当されたとしても付いてきただろう。
逆にティアラがクラウドに質問する。
「私がダンラーク王女だから結婚を考えられたのですか。」
「まさか。政略結婚する気であれば、もっと早くに申し込んでいる。」
ティアラに振り向いて欲しいがために、滞在期間まで延長したのだ。
第一、ティアラはエンリックの性格をわかっていない。
クラウドは自分の首どころか、戦を心配したのだから。
一通りの家事をレジーナがティアラに習い覚えた後、都を旅立った。
ダンラークとドルフィシェの国境に近い町に住むことになる。
レジーナが困らないように、ティアラは料理や生活に必要な事柄を絵入りでまとめ、持たせた。
知らない土地へ、新しい幸福を求めたレジーナを、ビルマンとクラウドは複雑な表情で見送ることになる。
当分の間、どことなくうわの空の状態が続いた。
さすがに二人の姫が嫁いでしまって寂しいらしい。
「随分甘やかしてきたからな。」
クラウドが一言、呟いた。
あまりかまってやらなかったとはいえ、年の離れた妹達を彼なりに可愛がっていたのだ。
ビルマンも早くに母を亡くした娘達を不憫に思い、何でもわがままにさせていた。
だがメリッサもレジーナも、いつしか一人歩きを始め、手が離れてしまった。
ほんの数年前までは、どうしようもない甘えっ子だとばかり思っていたのに。
「娘はあっという間に、大人になってしまう。」
パールとローズは、まだまだ幼いのだが、クラウドは今から気にしている。
マリッシュやファルも、いつも遊んでくれた若い叔母がいなくなって、つまらなそうにしている時がある。
ティアラが公務で側にいられない場合、メリッサやレジーナがかわりに世話をしてくれていたからだ。
しばらくすると慣れたようで、子供達と共にビルマンとクラウドも落ち着いた。
お互い好き合った相手と元気に暮らしてさえいれば、幸せだろう。
私事に追われて公務に支障をきたすことは出来ないのだから。
四人の王子と王女もつつがなく成長し、夫婦仲もきわめて円満であり、ティアラは充分に幸福を味わっていた。
第二十八話 TOP