第二十九話
新王は王妃を伴い、賑わう人々の間を通り抜け、王宮へ向かう。
再度、バルコニーで姿を見せ、大広間に赴く。
今や遅しと待ち構えている中に、足を踏み出した。
クラウドの堂々とした態度はまことに頼もしく映ったに違いない。
玉座で順に祝辞を受けるクラウドとティアラ・サファイアは新しいドルフィシェの象徴でもあった。
厳かなまま式典が進行した後は、華やかな祝宴へと様変わりする。
この時になって、クラウドはようやく一心地ついた気になる。
ティアラもかすかに顔がほころぶ。
大勢の中に、懐かしい人影が目に入った。
隣国の君主。ダンラーク国王、エンリック。
クラウドが近寄り、挨拶を交わす。
「遠路をようこそおいでくださり、ありがとうございます。陛下。」
「おめでとう。」
短く返答した後で、付け加える。
「ところで、もう『陛下』でなくても私は良いと思うが。」
エンリックは笑った。
今や同じ国王の地位にある者同士だ。
「では『父上』とお呼びしましょう。ご壮健のご様子、嬉しく思います。」
「私も晴れがましく思う。本当に立派になられた。」
クラウドと隣にいるティアラを見比べて、素直な感想を述べる。
久しく会わなかったとはいえ、エンリックの鷹揚さは変わらない。
エンリックの横にいた少年が、
「本日はまことにおめでとうございます。」
祝いの言葉をかける。
淡い金髪に深い青の瞳。
エンリックとティアラと同じ瞳の色。
「大きくなられた。ローレンス殿。」
「ありがとう。ローレンス。」
いずれ長く付き合うことになるだろうと、エンリックが連れて来たのだ。
早い内から誼を通じておく事に、越した事はない。
「後程、子供達にも紹介いたしますわ。」
「それは楽しみだ。」
もっともエンリックは孫の顔が見たくて、ドルフィシェまでやって来たといっても過言ではない。
ティアラとローレンスに少し距離を置き、エンリックがクラウドに言う。
「これから心していかれるのだな。皆、鵜の目鷹の目で見ている。」
二人の国王を注視している者は、自国の人間ばかりではない。
他国の祝いの使者も多く含まれている。
それぞれどのような思惑をもっているのかわからない。
表面は穏やかだが、こういった時は、外交の場にもなる。
目先だけに囚われず、気配を察する事も大事だ。
視野を広く、多くに耳を傾ける。
国王としての心得を助言してくれたのだと、クラウドは悟った。
公的な席上で話し合うには、お互い立場がありすぎる。
ティアラも父とはいえ、一国の君主であるエンリックには控えめだ。
王妃が実家に肩入れしすぎていると思われないために。
注目を浴びると言う事は、言動の自由が制限されるということに他ならない。
特に国王という頂点にたった現在、改めて思い知る事となったのである。