第三話
久々に外出したことで気が晴れたのか、エンリックもティアラもその後はおとなしく王宮にいた。
時々は外出しても良いと、エンリックは言ってくれたが、ティアラには覚えなければいけないことが山積みで、中々大変なのだ。
楽しみは他にもある。
ティアラは厨房の使用許可を得たので、早速、菓子作りを始めたのである。
何もそんなことをやらせなくても、と思う人間は当然いた。
ランドレー夫人でさえ、エンリックに問うてきたものだ。
誰に対しても、エンリックの返答はこうだ。
「何もできないより、できた方がいいに決まっている。」
彼にしてみれば、愛娘の手作りのものを味わえる日を、実は首を長くして待っているのだ。
最初の内は、ティアラも宮廷料理に慣れているエンリックには振舞ってくれなかった。
いかにエンリックが美食家ではないとはいえ、やはり気が引けてしまう。
しかし、手伝うと称して、エンリックが厨房に駆け込みそうだったという話を聞き、お茶の時間に時々、出すようにした。
「お父様のお口に合いますでしょうか。」
ティアラは遠慮がちに勧めたのだが、エンリックは大変喜んだ。
仮に塩と砂糖を間違えていても、ティアラの手作りであれば美味しいと、エンリックは思っただろう。
心配しなくても、ティアラは充分料理上手だ。
宮廷料理人程の腕はなくても、このまま菓子店に並べても売れるだろう。
器用な彼女は部屋にいても、せっせとレースのテーブルクロスやら、刺繍入りのクッションカバーを作っている。
これは部屋に置いてある物が気に入らないのではなく、単なる趣味である。
エンリックが出来上がった作品を物欲しそうに見ているのを感じたランドレー夫人は、
「陛下にも何か作って差し上げたらいかがでしょう。陛下のお部屋は少しさっぱりとしすぎていますもの。」
そう、ティアラを促してくれた。
確かにきらびやかすぎるティアラの部屋に比べたら、エンリックの部屋は殺風景にも等しい。
何のことはない。
エンリックが派手な装飾を好まなくて、片付けさせてしまうからだ。
ティアラは色々と考えた末に、丸いテーブルセンターとポプリの香り袋をつくった。
あっても、それほど目障りにならないものと、ティアラなりにえらんだつもりだ。
娘からの初めてのプレゼント−しかも手作り−に飛び上がらんばかりにエンリックは感激し、大喜びしたのはいうまでもない。
まるで、子供がおもちゃを与えてもらったようにはしゃいでいるエンリックは、誰の目からもただの親馬鹿にしか映らなかっただろう。
ストレイン伯は、奥に通じる階段近くで、小さなポプリ袋をあやうく踏みつけるところで、それを拾い上げた。
(誰の落し物だろう?)
一目で手作りらしいとわかる小物だ。
さては恋人からの品でも落としたうっかり者がいるらしい。
この辺りを通るのであれば、かなりの身分だ。
よく見るとイニシャルらしい文字が縫いこまれている。調べればすぐわかるだろう。きっと本人も捜しているに違いない。
「ストレイン伯、随分珍しいものをお持ちですね。誰からの贈り物ですか?」
声をかけられて、振り返るとウォレス伯が微笑を浮かべて立っている。
どうやら、ストレイン伯の物と誤解したようだ。
「残念ながら、私のものではないのです。」
こういう品を手作りしてくれる女性がいる幸せ者はどこの誰か、などと二人で冗談を交わしていると、落とし主が焦ったようにやってきた。
彼らの主君、である。
「良かった!拾ってくれたのか。どこにあった!?」
「お返しいたします。姫のお手製ですか。」
慌ててストレイン伯がエンリックに差し出した。