ひったくるような勢いでストレイン伯の手から我が手に取り戻したエンリックは心底ほっとしたようだ。
「そうなのだ。初めての贈り物だと思って、嬉しくて持ち歩いていたら、あやうく失くす所だった。ありがとう。恩にきる。ストレイン伯。」
国王に両手を思い切り握られた彼は、はっきり言ってかなり痛いのを我慢した。
いくらなんでも、振りほどくわけにいかない。
「今度改めて礼をしよう。」
宝物を見つけたように、エンリックは走り去った。
「どうぞお気遣いなさいませんよう。」
ストレイン伯の言葉は耳に届いてない様子だ。
指の痕の残る手を見つめながら、ストレイン伯は思った。
(もし、間違って踏んでしまったら、どうなっていたのだ?)
きっと怒鳴るだけでは済まされず、足でも切り落とされかねない。
ウォレス伯は架空の想像をしているストレイン伯に向かって言った。
「まったく、見つけてくれていなかったらと思うと身がすくむ思いです。」
よりによってティアラからのプレゼント。
それこそ宮殿中隅から隅まで、エンリックは探し回っただろう。
おそらく、慌てふためきながら。
誰もいないところでどのような振る舞いをしても自由だが、さすがに人目のあるような場所で奇行に走られては止めるほうも大変だ。
エンリックは温和なようでいて言い出したらてこでも動かない部分がある。
「ない!どこにもない!」
などと、叫びまわられるようなことにならず、本当に助かった。
エンリックとは違う意味で二人の貴族は胸を撫で下ろしたのだった。
エンリックはといえば、彼なりに真面目に返礼を考えていた。
ティアラの信用を失う一歩手前だったと思えば、エンリックにとっては一大事だ。
居室でを腕を組んで一周した挙句、思い立った名案は、次の日の会議で発表となった。
ティアラが同席するお茶会にエンリックが腹心と呼べる近臣、重臣達を招待する、と告げた。
元々、お披露目の前に紹介することにしていたから、良い機会だ。
一度に全員は無理なので、数人ずつ何回かに分ける。
その栄えある第一回目に招待されたのが、ストレイン伯だ。
理由は本人とウォレス伯以外知る者はいない。
姫にお目にかかれるだけでなく、お茶菓子はお手製らしいと聞いて、ほとんどの者は喜んだ。
だが、その中に頭を抱える人間もいた。
エンリックが甘党でも、臣下までそうとは限らない。
甘いものが苦手という気の毒な者達も含まれている。
タイニード伯、ヴィッシュ財務大臣、フォスター卿は、自分達の順番が来るのを、嬉しがってよいのか、悲しんでよいのか、途方に暮れた。
「私どもは不調法ですので。」
などと断れることではない。
かと言って、味覚が急に変わるわけでもない。
本当にお茶だけにしてくれないものか、と願わざるを得なかった。
お茶会のメニューは毎回違うらしく、ティアラのレパートリーは広いようだ。
もちろん、姫ともあろう御方が厨房に入るなど、と頭の固い連中もいたが、お茶会の後で言う者がいない所を見るとかなり美味だったのだろう。
当日、多少青ざめた顔で、三人は中庭へ案内された。
天気も良く、強い風もないので、外でのお茶会となった。
テーブルの近くに花の香りが広がっている。
エンリックに伴われたティアラは、一度会ったフォスター卿のことを覚えていた。
お互いの紹介が終わった後で、
「先日はお世話になり、ありがとうございます。」
丁寧な言葉をかけられ、年長で上席者二人の冷ややかな視線にぶつかってしまった。