ランドレー夫人がこれだけ信用しているのであれば、大丈夫だ。
「出仕してからで構わぬ。いつ頃から来てもらえる?」
「早速、手配いたします。」
 エンリックの目の前に、ランドレー夫人は一枚の紙を差し出した。
 どうやら、もう要請の文書を用意しておいたらしい。
 わざわざ執務室までやってきたのはそのせいかと、納得する。
 再び、ペンを取り、署名し、ランドレー夫人に返す。
 満足気に一礼して去る女官長の後姿を見送りつつ、思った。
(手回しの良い人間には敵わぬな。)
 エンリックの仕事の配分を考えて、この時間に来たのだろう。
 もし、ランドレー夫人が男だったら、侍従長ではなく、さぞ有能な大臣になったに違いない。

 執務室を出たエンリックは、庭園へ向かった。
 まだ日も高い。
 ランドレー夫人が側を離れているということは、ティアラは教師についているのだろう。
 予定では音楽の時間だ。
 最近、ピアノだけでなく、ハープも習っているらしい。
 父親に似ず、多趣味だ。
 奥の中庭ではなく、貴族達も出入りする、庭園へと向かう。
 バラが満開なのだ。
 庭師を見かけたら、ティアラのところへ持って行くのに、切ってもらおうと考えた。
 せっかく毎日手入れしている花を、無造作に手折られては、彼らの仕事の甲斐がなくなる。
 残念ながら、庭師の姿はなく、かわりに話し相手になりそうな人物を見かけた。
 ドペンス候にタイニード伯。加えてストレイン伯とフォスター卿。
 面白い組み合わせだ。
 噴水の水しぶきを避けて、彼らに近付いた。
「このような場所で会議か。」
 エンリックが声をかけると、皆、慌てて礼を返す。
「ちょうど良かった。一人で退屈していた所だ。」
「姫とのご予定はいかがされましたか。」
 ドペンス候が訝しく思い、たずねる。
「ティアラは、まだ音楽室だ。」
 それで、エンリックが一人でいる理由を察した。
 暇つぶしに来られたのか、と。
 エンリックは、晴天の日に、部屋の中にいられる質ではない。
 もっとも、外に出ている彼らも同じだ。
 花も見事だが、ティアラが宮殿に戻って以来、貴婦人の出入りも多くなった。
 たまには目の保養と、ドペンス候とタイニード伯が、若い二人を誘ったのだ。
「物言わぬ花も、物言う花も、どちらが欠けてもいけません。」
「随分、風雅なことをおっしゃる。」
 タイニード伯の言葉に、無理やり連れ出されたフォスター卿が、苦笑して応じた。
 確かに一理ある、とエンリックでさえ思う。
「フォスター卿とて、一人住まいでは寂しいだろう。」
 ドペンス候の問いに困ったように、返事をした。
「考えたことがありませんので。」
 エンリックが、つい、口を挟む。
「家族がいることは格別だと思うが。」
 実感のこもっている。
 ティアラのいない生活は、もう考えたくもない。
「その内に弟でも、作ってやらぬとなあ。」
 エンリックの意外な言葉に、四人は硬直した。
 今まで、侍女さえ、ろくに近寄らせなかったエンリックが、ティアラの他に子供を作る気になったのか。