ナッシェル夫人は考え込んでしまう。
(姫の御為?でなければお世継ぎ?)
 確かにティアラは好意的に接してくれ、一度、出産したことがある。
 でも、それだけの理由で、申し込むとは思えない。
 国王として世継ぎがほしいだけなら、今までに女性を召抱えただろう。
 この日を境にナッシェル夫人は、エンリックと目を合わせられなくなってしまった。
 多少困ったような顔をするが、エンリックは何も言わない。
 本当に待つつもりらしい。
 数日もたてば、ティアラも異変を感じ取ったらしい。
 父親のエンリックではなく、ナッシェル夫人の方だ。
 女同士のせいかもしれない。
「どこか無理をなさっているの?お疲れではないかしら。」
 優しく気遣うティアラには、
「何でもございません。御心配いただき、かたじけなく存じます。」
 としか、答えられない。
 表情の冴えないナッシェル夫人を、ランドレー夫人も心配して、様子を見に来た。
 ティアラが家庭教師に付いている時間だ。
「どうなさったというのです。困った事があったなら、おっしゃてくださいな。」
 ナッシェル夫人はためらった挙句、話し始めた。
 相談相手になってくれそうな人も他にいないのだ。
「実はある殿方から、求愛されたのです。私などには勿体無い御方で、迷ってしまって。」
「まあ、そうでしたの。その御方をお嫌いで迷っているのですか。」
 気の優しいナッシェル夫人のこと、断れないのだろうか。
「…わからないのです。そのように考えたことのない御方でしたもの。」
「ご子息のことも?」
「はい。引き取っても良いような事をおっしゃってくださいました。」
「子爵家が気がかりなのですか。」
 快く思われていないとは、サミュエルが次期当主だ。
 やはり、亡き夫の後を継がせたいのかもしれない。
 だが、ナッシェル夫人は首を振った。
「家督は良いのです。ただ、何故、私なのかわからなくて。」
「自信をお持ちなさい。貴女は充分素敵な方です。」
 慎ましやかで、控えめで、淑女らしい彼女に魅かれる者がいたとしても不思議はない。
「真剣なご様子でお受けすることも、お断りすることもためらってしまって……」
 どうして良いのか本当に困っているらしい。
「お相手は、陛下、でございましょう。」
 ランドレー夫人の一言に、ナッシェル夫人は落ち着きなく、たじろいだ。
「あの、どうして、その事を…。まさか、陛下が…。」
 それとも、噂が広まってしまったのだろうか。
 取り乱しそうになるのをランドレー夫人が宥めた。
「違いますわ。見ていればわかります。私も女ですもの。随分前から、陛下が貴女に好意を持たれたこと、気付いておりました。」
 長年仕えた女官長だ。
 主君の視線の先にナッシェル夫人がいることは、すぐにわかった。
 こと、恋愛に関して、口下手で奥手な国王がさぞ思い悩んだであろうと、察しがつく。
 ティアラのためにと思ったナッシェル夫人がエンリックの目にとまるとは予想外だが、双方にとって悪い話ではなさそうだ。
「夫を忘れられなくても、とまでおっしゃってくださいました。応えられるか心配なのです。」
 多分、エンリックもフローリアが忘れられないからこそ、出てきた台詞だ。
(陛下らしい。)
 ランドレー夫人は思った。
 しかし、単なる身代わりではないはずだ。
「陛下は目を向けたら決して逸らさない方です。貴女も逃げてはいけませんよ。」
 ナッシェル夫人が元は貴族でないことも承知の上だろう。
 身分を理由にしたのであれば、エンリックは身を引かない。
 そのかわり、本心から希望に添えないのであれば、無理強いもしない。
 大体、その気になれば、ナッシェル夫人の意向を介さないで、後宮に召しだすことも可能だ。
 国王の権限として。
 王妃には立てられないと言いながら、家族として迎えたいと、妻にと望んでくれた。
 側室にとは、口に出さなかった。
 待つと、考える時間をくれた心遣いだけは、本当にありがたかった。


  第六話  TOP