第六話
 エンリックはナッシェル夫人の返事が遅れている事に関して、やきもきしていたが、すぐに断られなかったなかった事にも、ほっとした。
 少なくとも考える余地はあるらしい。
 臣下達にも、薄々感付かれた気配がある。
 相手までは、知られてないようだが。
 毎日、帰宅する姿を見送っては、ため息をつく。
(今日も駄目か)
 せめて、夏が終わる前には、どうなろうと結果が知りたいと願う。
 ティアラもナッシェル夫人の急変の理由がわからなくて、エンリックに相談しにくる。
 まさか、自分が原因だとも言えないから、曖昧な返事しかできない。
 いっそのこと、ティアラには話してしまおうかとも考えたが、やめた。
 仮に拒絶されたとしても、侍女を解任する気はない。
 ティアラとランドレー夫人の信用篤い人間を退出させるなど論外だ。

 考え事がある時、ティアラは礼拝堂にこもるかもしれないが、エンリックは私室か庭に出る。
 朝、公務の間にも、奥の庭を歩き回る。
(私には、女運がないのかもしれないな。)
 はっきり振られたわけでもないのに、悲観的になってしまっている。
 どうにも、避けられている気がする。
 花壇を眺めつつ、一日中ぼうっとしていたいが、そうもいかない。
 踵を返そうとして、立ち止まる。
 エンリックの想い人が、そこにいた。
「お姿を拝見したものですから、失礼ながら参りました。」
 いつもの、静かな口調。
 エンリックは、いささか気が急いていたらしい。
「私が国王だから?それで受けられないのか。それとも断れないのだろうか。」
 とんでもない事を口走ったと思った時には遅かった。
「一つだけお伺いしたいと存じます。私のどこがお気に召したのでしょうか。」
 理由を説明してほしいのはエンリックだが、それでも考えながら答える。
「難しいな。一言では答えられぬが…。菓子か。」
「お菓子…ですか。」
 これにはナッシェル夫人が驚く。
 何か、意表を衝かれた感じだ。
「家族で手作りのものを味わいながら、時を過ごすことが、夢なのだ。その幸福を貴女とならかみしめていられる。楽しい思い出を新しく作っていかれると。」
 エンリックは、お茶会の風景を頭に描いた。
「私が、貴族ではない事をご存知ですか。」
「知っている。」
 答えてから、慌てて付け加える。
「王妃にできないと言ったのは、だからではない。軽く見ているのではなくて、現在、貴婦人である貴女には無礼だろうが、王母になる女性に、二重の称号はやれぬのだ。」
 彼の中で王妃と王母は、別らしい。
 フローリアの名前だけは残したい。
 エンリックの優しさなのだ。
 過去と同じように、未来も大切にしてくれるだろう。
「お受けいたしたく存じます。ふつつかではございますが、お心に応えられられるようにいたします。」
 迷った末の、結論はこれだ。
 半分、諦めかけていたエンリックは、彼女を力一杯、抱きしめて、聞いた。
「本当に良いのか。正妃として迎えられないのに。」
「はい。」
「贅沢もさせてやれぬかもしれないが、それでも?」
「はい。」
 重ねて、はっきり返答する。
「生涯、妻として、愛する。約束する。絶対に貴女一人だ。」
「充分でございます。」
 −妻として愛する。
 確かに、エンリックの気持ちを受け取った。