エンリックはナッシェル夫人の返事が遅れている事に関して、やきもきしていたが、すぐに断られなかったなかった事にも、ほっとした。
少なくとも考える余地はあるらしい。
臣下達にも、薄々感付かれた気配がある。
相手までは、知られてないようだが。
毎日、帰宅する姿を見送っては、ため息をつく。
(今日も駄目か)
せめて、夏が終わる前には、どうなろうと結果が知りたいと願う。
ティアラもナッシェル夫人の急変の理由がわからなくて、エンリックに相談しにくる。
まさか、自分が原因だとも言えないから、曖昧な返事しかできない。
いっそのこと、ティアラには話してしまおうかとも考えたが、やめた。
仮に拒絶されたとしても、侍女を解任する気はない。
ティアラとランドレー夫人の信用篤い人間を退出させるなど論外だ。
考え事がある時、ティアラは礼拝堂にこもるかもしれないが、エンリックは私室か庭に出る。
朝、公務の間にも、奥の庭を歩き回る。
(私には、女運がないのかもしれないな。)
はっきり振られたわけでもないのに、悲観的になってしまっている。
どうにも、避けられている気がする。
花壇を眺めつつ、一日中ぼうっとしていたいが、そうもいかない。
踵を返そうとして、立ち止まる。
エンリックの想い人が、そこにいた。
「お姿を拝見したものですから、失礼ながら参りました。」
いつもの、静かな口調。
エンリックは、いささか気が急いていたらしい。
「私が国王だから?それで受けられないのか。それとも断れないのだろうか。」
とんでもない事を口走ったと思った時には遅かった。
「一つだけお伺いしたいと存じます。私のどこがお気に召したのでしょうか。」
理由を説明してほしいのはエンリックだが、それでも考えながら答える。
「難しいな。一言では答えられぬが…。菓子か。」
「お菓子…ですか。」
これにはナッシェル夫人が驚く。
何か、意表を衝かれた感じだ。
「家族で手作りのものを味わいながら、時を過ごすことが、夢なのだ。その幸福を貴女とならかみしめていられる。楽しい思い出を新しく作っていかれると。」
エンリックは、お茶会の風景を頭に描いた。
「私が、貴族ではない事をご存知ですか。」
「知っている。」
答えてから、慌てて付け加える。
「王妃にできないと言ったのは、だからではない。軽く見ているのではなくて、現在、貴婦人である貴女には無礼だろうが、王母になる女性に、二重の称号はやれぬのだ。」
彼の中で王妃と王母は、別らしい。
フローリアの名前だけは残したい。
エンリックの優しさなのだ。
過去と同じように、未来も大切にしてくれるだろう。
「お受けいたしたく存じます。ふつつかではございますが、お心に応えられられるようにいたします。」
迷った末の、結論はこれだ。
半分、諦めかけていたエンリックは、彼女を力一杯、抱きしめて、聞いた。
「本当に良いのか。正妃として迎えられないのに。」
「はい。」
「贅沢もさせてやれぬかもしれないが、それでも?」
「はい。」
重ねて、はっきり返答する。
「生涯、妻として、愛する。約束する。絶対に貴女一人だ。」
「充分でございます。」
−妻として愛する。
確かに、エンリックの気持ちを受け取った。