そして、もう一つ、心に響く。
 エンリックは知らぬ事だが、かつてナッシェル子爵も、似たような言葉で求婚した。
「貴族でも贅沢な暮らしはさせてやれないかもしれないが、その分愛しているから。」
 不器用な夫の真摯な態度に打たれて、子爵家に嫁いだ。そして、また。
(同じ事をおっしゃる。)
 性格も外見も立場も、まったく違う二人。
 だが、嘘をつける人間ではない。
 共通点は、そこだ。
 できるなら、信頼しあえる人と生きていきたい。

 エンリックは、周囲を見つつ、たずねた。
「サミュエルは?今日はどこに。」
「家において参りました。」
「そうか。子爵家を継がせたいと思うのなら…。」
「その件は、よろしいのです。血縁者もおりますし。」
 すでに居場所はない。
 夫のいない子爵家に未練はなかったが、息子の将来を考えると、出て行くこともためらわれた。
 だから、今日まで我慢して来た。
 エンリックは頷いた。
「ならば婚家は何とかする。四人で暮らそう。マーガレット。」
 
 まず、ティアラに報告しなければ。
 エンリックは弾むような足取りで、マーガレット夫人の手を引き、娘の部屋に入り込む。
 ノックもせずに飛び込んだ二人に目を見張ったが、、父親の台詞は、もっとティアラをびっくりさせた。
「ティアラ、新しいお母様ができたぞ!」
 エンリックの後ろに、ほんのり顔を赤らめてうつむき加減の、マーガレット夫人が控えている。
 事の次第を理解するには、ほんの少し間があった。
 無理ないだろう。
「そうでしたの。私全然知りませんでしたわ。」
 やっと言葉の意味を把握したティアラは、座っていたソファーから立ち上がり、エンリックの頬にキスする。
「おめでとう。お父様。」
 マーガレット夫人には、微笑をそのまま向け、両手を取る。
「これからずっと一緒ね。嬉しいわ。」
 素直に祝福してくれるティアラに、エンリックは安堵した。
 マーガレット夫人は、感涙にむせんでいる。
 開け放したままの扉から、ランドレー夫人が入室してくる。
 三人の様子から、首尾よく事が進んだのを察した。
「ランドレー夫人、私達、一緒に暮らす事になりましたわ。」
 ティアラの明るい声。
 マーガレット夫人が、頭を下げる。
「それは良くご決心なさいました。お喜び申し上げます。」
 エンリックは、ランドレー夫人の意外に落ち着いた態度から、見抜かれていた事を知った。
 ならばご後は彼女に任せても良いだろう。
 エンリックは走るように、表へ戻る。
 正妃ではないとはいえ、貴婦人を迎えるには手続きが要る。
 自分の執務室を素通りして、典礼大臣の部屋へ行く。
「子爵家の家督、叔父とやらに認めてやれ!]
「は?どちらの…。」
 ベリング典礼大臣は唐突なエンリックの物言いに、手元の書類をかきまわす。
「ナッシェル子爵家に決まっている。マーガレットを妻に迎えるぞ!」
 ベリング大臣は、目を丸くして、持っていた書類を、床に散らばせた。
 何故、重要な話を、国王はいつも、急に言い出すのだろう。