親子四人での、晩餐が楽しく和やかに終わると、エンリックはマーガレットの部屋の扉をノックする。
 サミュエルもティアラも、寝むために自室へ引き上げている。
「これを貴女に。サファイアの宝冠は与えてやれないから。」
 マーガレットの花を浮き彫りにしたサファイアの髪飾りに、対の指環。見事な金細工。
 エンリックがマーガレットの指に自ら嵌める。
「我が王家の紋章も入れてある。」
 彼としては、精一杯の気持ちだ。
 正妃ではない以上、人前で妻としての扱いは難しい。
 せめて形だけでも、自分の妻として証明できるものをと考えたのだ。
「このような素晴らしい品、もったいのうございます。」
 エンリックは首を横に振った。
 公に迎える事ができないのは、エンリックの我儘だ。
 今にも泣きそうになるマーガレットをなだめる。
 マーガレットは、それを承知で決心してくれた女性。
 大切にしたい、と思うのは、まぎれもない本心であった。


 夜が更け始める時刻、エンリックの私室へマーガレットが訪れる。
 薄明かりの中、象牙のような顔が、尚、一層白く浮かび上がる。
「今宵から夫婦だ。よろしく。」
「はい、陛下」
 エンリックがマーガレットを抱きしめて口付けする。
「違うだろう。」
 腕から離さずに、言葉を続ける。
「私の事を名前で呼んでくれる者は、貴女一人しかいないのだから。」
「…エンリックさま…」

 夜が明けきれぬ前、ふと眠りから覚めたエンリックは、隣に人肌の感触を感じる。
 やわらかな髪に、起こさないよう、そっと指を絡ませる。
(もう、一人きりではないのだな。)
 この上ない充足の実感を手にした時であった。

 以後、ナッシェル子爵夫人は、エンリックの寵姫として、マーガレット夫人と称される事になる。



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