第七話
 エンリックの居室には、フローリアの肖像画が長らく飾ってあった。
 マーガレットを迎えるにあたり、さすがに別室へ移動させたが、何と一つだけ、片付け忘れていたものがあった。
 あろうことか、マーガレットに、それも翌日、見つけられてしまった。
 彼女は気付かぬ風を装おうとしてくれたのだが。
「済まぬ。私は気が利かなくて。」
 寝室に置いてなかっただけ、ましかもしれないが、さぞ気分を害したであろう。
「大切な御方でございましょう。わかっております。」
 目立つ場所にあったわけでもない。
 手のひらに乗る程度の大きさ。
 調度品に紛れていた。
 意図的に隠そうとしたのではないことは、エンリックの慌てぶりでわかる。
 マーガレット自身、亡夫の遺品がある。
 息子の部屋の引き出しの中には、肖像画も入っている。
 「再婚」同士、お互い様だろう。
 責める気にはならない。
 深く反省したエンリックは、改めて部屋中の物陰を探し、見て回り、他にないことを確認した。
(今更、遅い、か。)
 とんでもない失態であったと、長い間後悔するのである。
 マーガレットは一緒に暮らすようになって、エンリックとティアラの心遣いを思った以上に感じた。
 ティアラは、エンリックがマーガレットを事実上の妻とはいえ、表向き側室としている事に合点がいかないらしい。
「お父様のお考えが、私にはわかりませんわ。」
「良いのです。陛下は私に真心をくださいました。だから、気になさらないでくださいませ。」
 そうなのだ。
 侍女として、出仕していた頃は、いかにも鷹揚に感じたエンリックだが、素顔はまた別に見える。
 喜怒哀楽の表情が一目でわかるほど、感情表現が豊かな事を知るまでに、多くの時間を費やさなかった。
 家族の前では、常に父親であり、夫だった。
 サミュエルに対しても同様で、遊び疲れたのか、エンリックの膝で眠ってしまう時があった。
 マーガレットが急いで部屋に連れて行こうとすると、止められる。
「やはり良いものだな。こうして自分に寄りかかってくれるのは。さすがにティアラは、もうできぬからなあ。」
 どうもエンリックは、子供を膝に乗せて、頭を撫でてというのは、一種の幸福の条件らしい。
 そういえば、よくサミュエルを抱いて連れまわっている。
「子供とは意外に重いのだな」
 なんとも、嬉しそうに呟くのであった。
 あくまでマーガレットは表立った事はしないで、ティアラやサミュエルと奥で過ごす。
 相変わらず、裁縫や音楽に身を入れる一方で、美術にも興味を持ったらしい。
 一緒に、絵も手習い始めた。
 おかげでエンリックは二人の会話に入っていかれない時もある。

 マーガレットを迎えたからといって、公務をないがしろにしないので、臣下一同、胸を撫で下ろした。
 エンリックが執務室から時々いなくなる事は、今に始まったわけではない。
 秋も深まると、果物や木の実が豊富になる。
 ティアラとマーガレットが厨房を使う日が増え、連日、いそいそとお茶の時間に奥に行っては、満足気に舞い戻ってくるエンリックの姿があった。
 ある日、少し遅れて執務室に戻った国王に、決済を求めるべく、ウォレス伯が訪れると、何やら思案しているようだ。
「どうかなさいましたか。陛下。」
 目の前に予定表がある。不備な点でもあったのだろうか。
「いや、空いている日がないかと。」
「緊急のご予定が入りましたでしょうか。」
「その、栗拾いにでも…」
 エンリックの答えに、ウォレス伯は絶句した。