つい、先日ピクニックに行くといって、近くの森へ出かけたばかりではないか。
 エンリックも困惑と非難が微妙に入り混じった、ウォレス伯の表情に気付いたらしい。
「つい、口をすべらしてしまって。」
 言い訳にもならない。
 ウォレス伯も状況を察した。
 ピクニックの後、季節柄、今度は栗拾いに来ようとでも、話したに違いない。
 外出の機会が少ないティアラはもちろん、サミュエルもさぞ喜んだであろう。
 出費のない遊び方は結構だが、計画性はないに等しい。
 心の中でため息をついて、主君に言った。
「栗拾いには、まだ早いかと存じます。いずれ日程は組みこまさせていただきます故、ご心配なさいませんよう。」
 とりあえず、執務室にいる間は、他の事に没頭しないでもらいたいものだ。
 家族四人では、到底食べきれないであろう大量の栗を持って、エンリックが上機嫌で帰ってきたのは、少し後のことであった。
 森の中で、焼いたり、蒸したり、散々試食して、王宮に戻ってからは、マロンパイにケーキ、蒸しパンと、その他の秋の恵みと共に、ティアラとマーガレットが、毎日厨房で様々に工夫している。
 もちろん、手土産だと腹心達にもばらまいた。
 気前が良いのはありがたいが、頼むから家族と約束を交わしての事後承諾は勘弁してほしいものだ。
 かといって、半年前まで独りでいたエンリックの現在の心境を考えると無理もない。
 愛娘が見つかり、新しい妻を迎え、息子が増えた。
 共に語らい、行動する家族ができて、あんなにも喜んでいる。
 サミュエルと、森で拾ったどんぐりや松ぼっくりで遊んでいる時など、すっかり自分も童心に返っている様子だ。
「もう少し、調整しないと陛下にはお気の毒ですね。」
 近臣達が集まった席で、ストレイン伯は言う。
 半日、一日とまとまった時間を自由に使えるようにしたほうがよさそうだ。
 でなければ途中で奥にこもったエンリックを呼び戻すのは難しいし、気も引ける。
 自分達も仕事が進めやすくなる。
「ストレイン伯も挙式が近いのでしょう。御自分の方はどうなっているのですか。」
 フォスター卿の心配そうな質問に、笑って答える。
「私は後日まとまった休暇をいただいております。」
 彼にとって待ち望んだ結婚が目前に迫っている割に、毎日、朝早くから夜遅くまで出仕している。
 これでは婚約者と会う暇もないのではないか。
「当家の執事は有能ですから、問題ありません。」
 この話を聞いたエンリックは呆れたらしく、無理に取らせた休暇の日数を増やしてしまった。
「一生の一大事を家人任せなどとんでもない。」
 エンリックの言い分はもっともだが、花嫁となる令嬢の実家が万事引き受けてくれているから必要ないと、断ろうとすると余計に怒られた。
「ならば顔くらい出すのが当然だろう。伯爵家の当主が妻を娶るというのに。」
 ただでさえ、何年も待たせた相手ではないか。
 ベリング大臣によれば、先代の頃からの約束らしい。
 双方、若年という事で先延ばしされたが、ストレイン伯が急逝した父に代わって、家の管理とエンリックの目に留まり王宮に出仕し始めて、多忙になってしまった。
 それに加えて、国王や年長の近臣達への遠慮も手伝っていたに違いない。
「それでも構わぬとは、羨ましい話だ。」
 ストレイン伯はウォレス伯にそう冷やかされた事がある。
 ウォレス伯もまた、早くに父の後を継いだが、当時の王はシェイデだった。
 何と相続の条件のように、美貌で知られた母の伯爵夫人に目を付けたのである。
 夫を亡くした直後で悲嘆にくれている女性に何と言う事を、と誰もが思った。
 未亡人は家と息子のために身を差し出すしかないと思いつめていたが、それはありえなかった。病に倒れて、そのまま還らぬ人となったために。
 無理が重なっていた上、心労も加わり、腺病質な貴婦人だった彼女には耐えられなかったのだろう。
 両親を相次いで失ったウォレス伯は、母の件に関してはシェイデを憎んだ。
 まさか夫人の急死を理由に成人に近い後継者がいる名門ウォレス家を取り潰すこともできず、シェイデも渋々と相続を認めた。