「では私がかわりにいただこうか。」
「いいえ。大丈夫です。」
 せっかくの好意を無にするわけにはいかないではないか。
(食べられないくせに。)
 レスター候は思い、彼を自分の控え室にお茶に誘った。
 仲間はずれにしてはと、ウォレス伯も呼ぶ。
「そんなにたくさんはありませんよ。」
 フォスター卿が言いながら、包みを開け、これなら、とほっとした。
 一種類はチーズクッキー。もう一種類はレーズンと胡桃。
 わざわざ二人に手伝ってもらわなくても、良かったかもしれない。
「一体、いつから苦手なのだ。」
 レスター候が可笑しそうに聞く。
「さあ。子供の頃から平気だったのですが。」
 大体、フォスター卿は優雅なお茶の時間を過ごせるほど、裕福な家庭で育ったわけではない。
 小皿に山盛りあったはずのクッキーがなくなる頃には、ティーポットも空になる。
 それを潮に三人とも執務室に戻った。
 ささやかな休憩の後は、目が回るほど忙しかったが。

 庭園の樹木が枯葉を落とすようになると、日も短くなる。
 朝晩の冷え込みを肌で感じる頃、ティアラがエンリックに願い事があると言ってきた。
「毛糸を買いに行ってもよろしいですか。お父様。」
 わざわざ私室に改まってやってくるから、なんだと思った。
(今度は編み物か。)
 ティアラを手元に引き取った時、もう暖かかったから、手芸用品の中に編み棒はあっても、毛糸は入ってなかったらしい。
 御用達の商人を呼べば済むことだが、町にも出たいのだろう。
「近いうちに馬車を用意させよう。」
「ありがとうございます。三人で町へ出かけるなんて楽しみですわ。」
「三人?」
 エンリックが聞きとめてたずねた。
「お母様とサミュエルですわ。二人に話してきます。」
 エンリックに了承を求める前に、まとまっていたのだろう。
 嬉しそうにティアラは、退室していった。

 数日後、警護の騎士をつけて送り出す。
「気をつけて行っておいで。」
「はい。お父様。」
「行ってきます。」
 ティアラとサミュエルが、明るく挨拶をして、馬車に乗る。
「早く帰りますので。」
「いや、寒くなったら出られなくなるだろう。少しゆっくりしておいで。」
 マーガレットにそう言って、子供達に手を振る。
 置いてきぼりにされたエンリックは、午後中執務室で公務に励む事になる。
(やれやれ、一緒に行けば良かった。)
 面白くなさそうに、時間を過ぎるのを待つのであった。
 国王が不機嫌なことを悟った臣下も、触らぬ神にたたりなしとばかりに、近寄らない。
 八つ当たりされるか愚痴を聞かされるか、わかるからである。
 陽の沈む直前に、大きな荷物を抱えて、三人は帰ってきた。
「すっかり遅くなってしまいまして、申し訳ありません。」
 マーガレットがエンリックに詫びるが、ゆっくりしてきて良いと口にした手前、怒るわけにもいかない。
 運びこまれた荷物も多い。
 一軒だけではないのだろう。
 全部が毛糸でもないようだ。
「選ぶのにすっかり時間がかかってしまったの。ごめんなさい。お父様。」
これだけ買い物をすれば、そうなるだろう。
 もっとも、ティアラとマーガレットに謝られて、エンリックが不機嫌でいられるわけがない。
「お店の中に入ったら、棚に色々なものがたくさんありました。」
 サミュエルが町中の様子を話してくれる。
 寝る前まで、楽しそうにしていたので、エンリックもいつしか昼間の退屈を忘れたのだった。


 第八話  TOP