マーガレットがエンリックに問いかける。
「男の子がよろしいですか?」
 もちろん、と言いかけて、エンリックはやめた。
 負担になるかもしれない。
「元気であれば、どちらでも構わぬ。」
 無事に生まれてさえくれれば。
 宮廷医師から、出産予定は来年夏頃と聞き、それまでの注意を受ける。
 定期的な検診も必要だ。
「この事、何日か黙っていてもらっても良いか。」
 エンリックが医師たちに口止めする。
「どうせなら、来年の方が目出度さが増す。」
 記念すべき年明けが、待っている。

 翌年は、エンリックにとって、在位十周年に当たる年であった。
 クリスマスほどの喧騒がない新年の祝いが、再びお祭り騒ぎになったのは、国王の祝賀の挨拶からだった。
 やはり、宮殿の門が開き、人々が祝いに押しかける。
「本当に今年は良き年になることを願う。もう一人、我が子も増える。」
 いきなり、民衆の前で公表したのだ。
 貴族達は領地へ帰っている者もあるので、新年の表敬は一般のバルコニーでの挨拶より後日となる。
 マーガレット夫人、懐妊、の報が国中を沸かせては、ゆっくり休暇もとっていられない。
 大臣達は、
「陛下、こういったお話は先にいただきたいものです。」
 エンリックに言わざるを得ない。
 発表の直前に打ち明けられても、どうにもならない。
 国王としては茶目っ気のつもりかも知れないが、重大な出来事だ。
 生まれてくる赤子が男児であれば、世継ぎの王子だ。
 マーガレットへの配慮からか、
「姫でも良い。」
 などと暢気なのはエンリックくらいで、臣下達の方が気が気でない。

 新年の大広間での祝賀の表敬は、各貴族達が前に進み出る。
 どちらかといえば儀式的な意味合いが強い。
 貴婦人達も当然、宮廷に集まってくるので、ティアラもエンリックと共に挨拶を受ける。
 人の名前と顔を覚える良い機会だが、何しろ人数が多すぎる。
 ただでさえ、国王エンリックの即位十周年の節目に加え、マーガレット懐妊が重なり、祝辞も長くなる。
 エンリックは毎年のことで慣れているかもしれないが、長時間身じろぎもしないで、表情を崩さず座っているなど、修道院で働くより、ある意味ティアラには大変なのだった。
 本来であれば、ゆったりとした年始めになるはずが、様相が違ってしまった。
 特にマーガレットは、エンリックに、
「絶対安静!」
 と、決め付けられ、私室から出られなくなってしまったので、医師達とランドレー夫人にエンリックを説得してもらう羽目になった。
 こんなに早く子供ができるとは思ってもみなかったエンリックは、またしても新しい家族の事で頭の中が一杯になった。
 もっとも、それは誰もが思った。
「仲睦まじくていらっしゃるようだから、御二人とも。」
 近臣達は皆、そう感じている。
 マーガレットは表向きには決して顔を出そうとしないが、ティアラは時々、謁見のため姿を見せている。
 言動から察するに、家族仲が極めて良好なことがわかる。
 エンリックは公務と関係ないので、もっと話したいのを我慢しているに違いない。
 話し上手というより、エンリックは聞き上手なのだが、最近は保障の限りではない。
 まさに、家族に夢中、なのだ。