「できればそうしたいと思いますけれど、自分では行かれませんもの。」
 ウォレス伯に訊ねられて、ティアラがほんの少し寂しげに答える。
 父王に何度もわがままを言えないのだろう。
 マーガレットへの遠慮もあるに違いない。
「品物だけなら、私が教会へお届けしましょう。」
「そのようなご迷惑なこと、お父様に叱られますわ。」
 ウォレス伯は何と言ってもエンリックと共に国政を預かっている人物の一人だ。
「姫のお志は陛下に充分わかっていただけます。」
 もちろんエンリックは奉仕や慈善の心を重んじているから、異存はないがウォレス伯を使いに出すほどのこともない。
 話を聞いたエンリックは別の者に行かせるから言ったのだが、ウォレス伯がそれでは困る。 
「私の邸の近くでと聞き及んでおりますので、出仕の際に立ち寄りましょう。」
「しかし…」
 エンリックは、どうも公務と関係ない個人的な用を依頼することに気がひけるらしい。
「こういった機会でもないと、私もあまり教会などには縁がありませんので。」
 渋るエンリックをようやく説き伏せて、後日ティアラから、品物の入った箱を受け取ることになった。

 ウォレス伯が教会へ出向いたバザー当日、やはりエレンも来ていた。
 相変わらず目深にベールを被り、地味な紺色の服を着て、うつむき加減にしている。
「いつもご熱心ですね。」
 エレンは突然声をかけられて、驚いたらしい。
「まあ、ウォレス伯。貴方様もおいででしたの。」
「今日はある御方の使いです。」
 本当だから、堂々と言える。
 二言、三言、とりとめのない会話をしながら、一緒に外へ出る。
 エレンは石造りの門柱に沿った道筋を、一人で歩いて行こうとする。
「馬車で来たのではないのですか。」
「はい、違うのです。近くですもの。」
 邸から近所と言えなくもないが、冬空の中、供もつけずに貴婦人が一人歩きとは不用心ではないか。
「雪道が滑って危険です。門前までお送りします。」
「慣れていますわ。」
「いけません。貴婦人を寒風から防ぐのも騎士の務めです。」
 ウォレス伯は半ば強引に、手袋をはめたエレンの華奢な手を取り、馬車へ乗せた。
「申し訳ありません。お言葉に甘えてしまって…。」
「ほんの通り道です。」
 これは嘘である。
 私邸への帰途ならともかく、王宮へは回り道だ。
 馬車でなら時間のかからない距離であったが。
 玄関前までエレンを送り届けて、中へは入らず、急いで引き返す。
 王宮に出仕して、執務室にいたエンリックに報告と教会からの礼状を渡す。
「寒い中、世話をかけた。」
「いいえ。陛下。」
 ウォレス伯にしてみれば、エレンに会えただけ得した気分だ。
「これはティアラに直接渡してくれ。部屋で帰りを待っている。」
 エンリックが椅子から立ち上がって、ウォレス伯に礼状の入った封筒を返す。
 多分ウォレス伯が戻ったら、連れて行くと言ったのだろう。
 エンリックも一緒に執務室を出る。
 机の上の未処理の箱が空だったのは、そのつもりで仕事を片付けていたに違いない。
 外は北風がまだ冷たいが、奥の居間は暖炉が焚かれて、春のような暖かさだ。
 ティアラとマーガレットは、丁寧に礼を述べてくれた。
「お寒い中、本当にありがとうございました。」
 ウォレス伯は自分の都合もあるので、感謝されてもいささか心苦しい。
「熱いお茶をご用意しますね。」
 ティアラが無邪気に勧めてくれる。
「いえ、私はこれで。」
 慌てて退室しようとすると、エンリックが引き止めた。
「少しくらい構わぬだろう。」
 国王一家の誘いを、無下にはできない。
「今日は母上のかわりに、僕がお手伝いしました。」
 テーブルの上のアップルパイは、ティアラとサミュエルの共同制作らしい。
 まだ午前中であるから、早く焼くには手間も大変だっただろう。
 ウォレス伯は後ろめたさを感じつつ、歓待を受けたのであった。


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