「兄上はどうされた。控え室か、それとも邸に戻られたのか。」
困ったような顔を向けつつ、ドペンス候がローレンスの質問に答える。
ここで誤魔化しても、どうせ知られてしまう。
「森に戻ったそうです。」
「誰か追いかけたか!?」
「殿下。この悪天候の中、コーティッド公に追いつける者は…。」
思わずローレンスが行こうとするのを、他の臣下達が押しとどめる。
サミュエルだからこそ、馬で駆け抜けてこれたのだ。
「離せ!止めなくてどうする。何かあったら…。」
何より母のマーガレットに顔向けが出来ない。
いつも遠慮がちな兄に気付かないほど、ローレンスも子供ではなくなっている。
(普段おとなしくいくせに、兄上は。)
サミュエルの優しさの陰には、エンリックに対する恩義と忠誠心がある。
だが同じ目を向けられるのは、弟妹達にはたまらない。
宮廷内で「公爵」でもサミュエルは血の繋がった「兄」なのだ。
戸が壊れそうな勢いで雨風が叩きつける狩猟小屋。
それが人為的な音だと認識するのに、少々時間がかかったのは仕方ないことであった。
まさかと思いつつ、フォスター卿が扉に近付き、レスター候が剣を手に取り、エンリックの側へと寄る。
吹き込んでくる雨と共に飛び込んできたのは、サミュエルだった。
「よくご無事で…。」
フォスター卿が絶句する。
「王宮には伝えてきました。」
「何故、戻ってきた!?」
エンリックがつい声を高くする。
この嵐の中、無理にもほどがある。
「せめておそばにと、父上。」
非常の際だからこそ、だ。
エンリックは反論の言葉を失った。
久しく聞かなかった呼び方。
「まったく、こんな時だけ…。」
ついエンリックの苦笑が漏れる。
「とにかく火の近くへ。サミュエル様。」
レスター候が呼び寄せる。
往復したせいで、すっかり泥だらけだ。
毛布にくるまりながら、サミュエルは持ってきた皮袋の開けた。
「瓶が割れてなければいいのですが…。」
王宮を飛び出した後、ふと気が付いて一旦邸に立ち寄り、水浸しになることを思えば、食料を詰め込むわけにもいかず、厨房にある酒瓶を放り込んだ。
とりあえず冷えた体を温める足しになる。
ラム酒、ブランデー、ウイスキー、ワイン。
適当に放り込んだというだけあって、強い酒ばかり。
「これは陛下向きですね。」
フォスター卿がリンゴ酒の瓶を見つけて言った。
「私は子供か?」
エンリックは少々不満そうだ。
グラスくらいあるだろうと、サミュエルが毛布をまとったまま、簡素な台所へと向かう。
狩猟小屋だけあって、獲物をさばく程度の設備はありそうだ。
すぐに皆のところへ戻らないのでフォスター卿が様子を見に行くと、何かやっている。
「どうかしましたか。」
「いえ、貯蔵庫に野菜が見つかったので、何か作ろうかと。」
片手に鍋を持ちながら、サミュエルが答えた。
「一人でなさることはありませんよ。」
官舎暮らしが長かったフォスター卿も料理には慣れている。
時間を持て余しているより、ずっとましだ。