陽だまりの庭<番外編>
〜花の姫君〜
前編

 咲き誇る花さえ霞んでしまう、と噂されるのが宮廷の貴婦人。
 特にダンラーク宮廷は美女が多いと言われる。
 その内の一人「月の乙女」パトリシアは皇太子ローレンスが独り占めしてしまったので、
自然と「花の姫」カトレア・ヴァイオレットに注目が集まってきた。
 気高く可憐にと、エンリックが願った通りの美姫に成長し、パトリシアの件では抜け駆けだとも
非難されたローレンスは、貴公子達から橋渡しを頼まれ、断るのに一苦労であった。
 だがカトレアの理想は子供の頃から「強くて優しい人」であって、具体的に言えばサミュエルの
ような、になってしまう。
 最近では「相応の身分と地位」も加わった。
「そんなに選り好みしてどうする。」
 日に日に高くなる妹の理想に、ローレンスも呆れるほどだ。
「あら、お兄様はいずれお父様の跡を継いで国王でしょう。サミュエルお兄様はコーティッド公で
アシューも王族のままだわ。それに…。」
 カトレアは一瞬口ごもってから、言った。
「お姉様はドルフィシェ王妃だわ。」
 第一王女ティアラ・サファイアは名目上だけとはいえ、正妃とされるフローリアの娘。
 マーガレットが国母であっても側室では、やはり劣っているとは思われたくない。
 姉妹としては、降嫁するにしても格が気になるのである。
「ティアラと張り合っても意味がないだろうに。」
 話を聞いたエンリックは苦笑した。
 年齢の離れたティアラが嫁いだ時、カトレアは幼かったのだ。
 彼にとっては二人とも可愛い。
 大体ダンラークも及ばないドルフィシェに匹敵する国など、また遠方になるではないか。
 王族同士の結婚が珍しくないとはいっても、簡単に出来るわけでもなく、されてもエンリックは
父親として複雑なのである。

 カトレアの美貌が広がるにつれ、遠くドルフィシェにも話が飛ぶ。
 余計なことをとエンリックに睨まれたくないクラウドは、体よく避けてばかりいるので、ティアラの
元にも来るらしい。
 熱心な求婚者達はダンラーク国内だけでなく、他国にもいるのだ。
 クラウドを訪れたマティスも同じくカトレアの求婚者であった。
 若くして近年代替わりしたクリントの王弟。
 主に外交を担当し、各国へ赴く事も多い。
「王妃様はダンラークの姫とご姉妹ですよね。」
 そう切り出された時、クラウドは、表向き国交の任での来訪だったが、本来の目的は
こちらかと気が付いた。
「ぜひとも王妃様にもお取次ぎを。」
 普段、控えめな青年のわりに、カトレアには執心しているようである。
 マティスは一応賓客になるから、渋々ティアラにも引き合わせたが、そうでなければ
追い返すところだ。
「嫁ぎましてから妹とは数えるほどしか会っておりませんが…。」
 困惑したティアラが、遠回しに縁談を持ち込まれてもと言おうとしたのがわかったらしく、
「あの、姫のお好きなものなどを教えていただければよいのです。」
 真っ赤になるところが素直である。
「いえ、その、実はカトレア姫は兄君にあたられる陛下とコーティッド公が理想だという
噂でしたので…。」
 初耳だったクラウドは隣のティアラを気にしながらも、
「それは光栄だ。」
 と言って笑った。