クリントは国王が独身なので、王弟であるマティスは兄に遠慮し、あまり仰々しくは
できないと思っていたが、やはり式は盛大になるには違いない。
 王室の人間が結婚となれば、他国の賓客も多く集まり、まして相手は美姫の
誉れ高い「ダンラークの名花」である。
 クリントはこの婚儀を喜んでいたが、ダンラークでは事情が異なる。
 カトレアに想いを寄せていた者達は素直に祝福できるはずもなく、クリントに対して
懐疑的な目を向ける者もいたが、カトレアが心変わりすればともかく、婚約を覆すことは
まずないことだった。
 
 カトレアの後見役にはサミュエルとローレンスである。
 エンリックの名代は誰かという話になった時、
「お父様がいらっしゃいのなら、サミュエルお兄様でしょう。宮廷内での約束事を私の
結婚に持ち込まないでいただいたいですわ。」
 とカトレアが主張し譲らず、二人が付き添うことになったのだ。
 両親に花嫁姿を見てもらえない以上、サミュエルには「兄」として参列してほしいという
カトレアの願いである。
 多忙な合間を縫って、マティス自身、打ち合わせを兼ねてダンラークまでやってきた。
「約束の品です。姫。」
 指輪の金の台座に瑠璃と紫水晶、サファイアがきらめいている。
「覚えていてくださいましたのね。」
 好きな宝石は紫水晶だと告げたからだろう。
 カトレアと二人きりの時は別だが、マティスに一人歩きをさせないように、大抵ローレンスか
サミュエルが一緒だ。
 血迷って本当に決闘を申し込む人間がいないとも限らない。
 マティスは冗談ではなく、腕を磨いておく必要性を感じたのである。

 挙式に時季については、双方一致で春に決まっていた。
 迎える側も送り出す側も選んだのは、「花の姫」にふさわしい季節。
 街道が花々に彩られる頃、カトレアはダンラークを後にする。
 出立前に開かれた華やかな舞踏会には、祝賀と惜別の言葉が入り交ざっていた。
 カトレアは誘われるままに、多くの人間の手を取りダンスをしている。
 花の姫を慕っていた青年達を始め、エンリックの腹心達まで、自分からも声をかけた。
「次に踊ってくださる?」
 ふいにカトレアに手を差し出されたカイザックは、周囲の羨望の視線を感じつつ、一礼を返す。
「ありがたき光栄に存じます。」
「お兄様とパトリシアをよろしくね。」
 幼馴染のカイザックはパトリシアの兄だ。
 兄弟同様に親しい人間の一人であった。
 最後の曲の相手として手を伸ばしたのはエンリックである。
「カトレアがいなくなったら、私はダンスができなくなるな。」
 エンリックは公式の場で、娘と息子の嫁という身内以外と踊ったことがない。
 先に嫁いだティアラもカトレアも、優雅で軽やかに舞うような名手であり、エンリックは愛娘の
足を踏んだことがないのが、ひそかな自慢だった。 
 エンリックが考えに考えて、花から名付けたカトレア・ヴァイオレット。
 姉は宝石のように美しく、妹は花のように愛らしく。
 成長を楽しみしていたのも束の間、もう嫁ぐ日が来てしまったとは。

 ティアラがドルフィシェに旅立った時と同じようにように、エンリックは国境までカトレアを
見送った。
 父親と同じ眩しいくらいの金の髪に縁取られた白い顔に両手でそっと包み、額に口付けする。
「幸せにおなり。」
 爽やかな風がそよぐ中、カトレアは精一杯の微笑を向ける。
「ええ、きっと。お健やかで、大好きなお父様。」
 腕を伸ばして、カトレアはエンリックに抱きつき、頬にキスをした。
 馬車が動き出す直前、カトレアが窓から身を乗り出して、振り返る。
「ダンラークに生まれて、お父様の娘で本当に幸せでしたわ。」
 同情していたパトリシアが思わず涙ぐむ。
「パトリシアが泣いてどうする。」
 ローレンスが細い肩を支えるように抱きしめる。
 遠ざかる馬車の影を見つめながら、エンリックは耳にこだまする言葉をかみしめていた。

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