他国に嫁いだティアラにならと、カトレアは語った。
「殿下は何度も諦めようとなさったのですって。でも無理だったと。」
カトレアが手紙も寄越さないと言ったせいか、マティスは埋め合わせをするかのように
頻繁に便りを送ってくれたものである。
「自分を信じてほしいと、いつもおっしゃってますわ。」
「大切なことよ、カトレア。まして他国ですもの。」
「お姉様も?」
「ええ。愛情と信頼あってこその夫婦ですもの。」
かつてティアラがクラウドに求婚され困惑し、相談したマーガレットに告げられた言葉。
「ダンラークへ戻りたいと思ったことは?お姉様。」
「住めば都、というものよ。」
まったく思わなかったわけではなかった。
だがティアラはカトレアに不安を抱かせる気はなく、今ではドルフィシェが離れがたい故郷だ。
「きっとお姉さまにお会いできる機会も増えますわ。殿下が訪ねる折に連れて行って
くださると約束してくださいましたの。」
マティスは諸外国の訪問も多いため、ダンラークへの里帰りも可能だと、カトレアを安心させた。
「楽しみに待っているわ。」
「いつか色々な国のお土産話を持ってまいりますわ。クリントの『日和見の国』の誤解も打ち消しに。」
「カトレア、貴女…。」
「ご心配なさらないで、お姉様。決して私と殿下が政略結婚ではなかったと証明してみせますわ。
私が嫁ぐのは『日向の国』ですもの。」
カトレアはティアラに微笑んで見せた。
「殿下はクリントの話をしながら、時々辛そうでしたの。隠し事の出来ない方みたいですわ。」
マティスはもちろん、父や兄が言わずとも、宮廷内の噂はどこにでも入り込んでくるのである。
さりげなくエンリックはカトレアに促しておいてくれた。
「国の歴史には光と影がつきまとうものだ。」
平和なダンラークも、一代前は陰鬱な空気が漂っていた。
どのような国にも様々な面がある。
マティスの性格を知る前ならば、カトレアは騙されたと問い詰めたかもしれない。
だが人を見る目には、エンリックの娘としてカトレアなりに自信があった。
「私は妻として殿下を支えていきますわ。お母様やお姉様のように。」
カトレアがマティスに嫁いで、ダンラークとクリントの親交が深まるにしても、あくまで結果なのだ。
花嫁行列の妨げにならないように、ティアラ達は途中で道筋を変える。
「カトレアは私が嫁いだ時より、しっかりしてますわ。」
再びクリントに向かい出した馬車の中で、ティアラはクラウドに言った。
「花の美しさは、内に秘めた強さ故、か。」
ティアラのたおやかさとはまた異なる、香りたつような気品が、カトレアにはある。
輝く瞳は、エンリックが本来持つ意思の強さを、子供達では一番表面に見える形に
受け継いだ証だろう。
大勢の家族に囲まれ、愛されて育った自覚と共に、愛することを知っている。
お互いを大切に思う様を、カトレアはその目で見てきたのだ。
マティスやサミュエル達がどれだけ心置きなく嫁げるように、気を遣ってくれているか、
気付かぬはずがない。
かつてクラウドがティアラにドルフィシェ宮廷で賄賂の横行の存在を知られるのを恐れたように、
マティスはクリントの過去の事実を言い出せなかったのだろう。
他国からすれば、ダンラークは特異な国だ。
現在の繁栄に、以前の憂いと翳りに満ちた姿を想像するのも難しい。
誰の目にも理想と映るダンラーク王室は、エンリックが王位に就くまで二度家族を失った末、
ようやく築き上げた幸福なのである。