王弟という立場上、マティスは公用でダンラークへ赴くことが多い。
 エンリックに与える心証を考えると迂闊に口には出来ない。
 まるで行ったついでのようで、切り出しにくいのだ。
「殿下はサミュエルをご存知ですの?」
 ティアラは弟の名前が出て懐かしく思い、訊ねてみる。
「顔を会わせたことはございます。」
 マティスの返答を聞いて、
「それならコーティッド公に話をした方が早いな。彼なら陛下の覚えもめでたい。」
 クラウドがあっさり言うと、ティアラも頷いた。
「私もサミュエルに手紙を送った折に、それとなく触れておきますわ。」
「ありがとうございます。」
 好意的なティアラの態度にマティスは座ったまま頭を下げた。
 ティアラはローレンスの婚儀で会ったカトレアを頭に浮べる。
 何せ弟妹は皆、幼児の印象が強いのだ。
「もう年頃ですのね、カトレアも。」
「確かに綺麗になられた。」
 クラウドの言葉にマティスは大きく賛同した。
「それは愛らしく、あどけなく、まさに花の姫です。」
 マティスのダークブルーの瞳の輝きは、ティアラもクラウドも真剣さが宿っていることを
認めるに充分だったのである。

 表敬という形でマティスがダンラークに立ち寄ったのは、ドルフィシェ訪問の帰りであった。
 クリントへの帰国途中というには、いささか遠回りなのだが、クラウドとティアラの書状を
預かり届けるという口実まであるのだ。
 ただ王宮に到着した日、エンリックは外出中ということであり、最初出迎えてくれたのは
サミュエルだったので、内心マティスは喜んだのだが、他国の王族という敬意からか、
ローレンスが応対すると、任せたかのようにサミュエルは席を外してしまった。
 どうもカトレアと年齢と近く、自分より年下のローレンスには話しにくい。
 一旦、別室へ退いたサミュエルが戻ってきて、
「殿下。もしお疲れでなければ、付近の散策でもいかがですか。」
まだ陽も高い時刻だからと、乗馬に誘い出してくれた。
 王宮を囲む森林を抜け、しばらくすると小高い丘があり、馬の足を止める。
「私に何かお話があるようなことですが?」
 サミュエルが切り出したのは、ティアラからの手紙の封を開いて読んだからに違いない。
「はい!」
 マティスは勢いよく返事をしたものの、後は少し小声になった。
「その、妹姫に関してなのですが…」
「込み入ったお話のようですね。よろしければ当家にて、ごゆっくりおうかがいしても
よろしいですか。」
 ちょうど真下にあたる場所がコーティッド公爵邸だ。
 人目を憚る事柄だと察したサミュエルは、わざと王宮から離れたのである。
 若い貴公子が折り入っての相談となれば、大抵想像がつく。
 招かれたマティスは恐縮したようだが、サミュエルは首を横に振った。
「たとえ妹であっても、カトレアは王女ですから、王宮内でお話をお伺いすることは
できないのです。」
 ザミュエルが穏やかに微笑を向ける。
 私事に関することであれば尚更だ。
「気を遣っていただきまして、ありがとうございます。」
「お役に立てるかどうかは、お約束できかねますが、私でよろしければご相談に
乗りましょう。」
 とりあえずマティスは一番重要な問題を確認したかった。
「姫に、その、すでに決まった方はいらっしゃいませんか。」
 公表されてなくとも、すでに内々に婚約がまとまっていたとしたら、手に打ち様がないのだ。