唐突な出来事に驚愕したままのカトレアに、マティスは告白した。
「ずっと貴女を想っていました。花の姫。」
カトレアの返事がすぐにもらえるとは考えていない。
もちろん、カトレアも呆然としてしまい、事態を把握するのに精一杯だ。
「花の姫」と賛美されることは慣れていても、二人きりで求婚されることは初めて
なのである。
だが、落ち着く間もなく、
「はい。」
思わず答えてしまった。
途端にマティスが立ち上がり、カトレアは慌てて、
「いえ、今のは、口が勝手に、その、もう少し考えさせていただかないと…。」
「わかっています。」
マティスは静かにカトレアの右手を取り、口付けした。
「お心が決まりましたらで結構です。またダンラークに参ります。どのようなお返事でも
直接姫から承りたく…。」
たとえ断れるにしても一枚の紙片では諦めきれないのである。
カトレアは一体誰に打ち明けたものか、悩んでしまう。
いかに頼りにしているとはいえ、サミュエルには言いにくく、新婚のローレンスはあてに
ならない。
隣国のティアラに相談するには、時間がかかりすぎる。
やはり同性となると、母のマーガレットか、幼友達で今は兄嫁のパトリシア。
一晩考えた末、思い切って二人に持ちかけると、クリントの王弟マティスからの求婚と聞き、
大分驚きながらも親身になって耳を傾けてくれた。
ここ数年ダンラークに訪れる青年であるが、いつ頃から想われていたのだろう。
「ずっと、とおっしゃるなら、長い間なのでしょうね。」
パトリシアが控えめに言った。
「でも年に何度かお会いしただけなのよ。」
公式の場に滅多に姿を表さないマーガレットにかわり、パトリシアが皇太子妃となるまで、
ダンラークの表向きの女主人はカトレアだったので、晩餐会にも舞踏会にも顔を出す。
儀礼的な挨拶と他愛無い会話と、何度かダンスも踊っただろうか。
音楽とダンスが好きなカトレアは、舞踏会でダンスの相手を申し込まれれば、
最初とラストは親兄弟と踊るが、他の貴公子達の誘いも受ける。
「男の方はわかりませんわ。私はローレンス様のこと、近くにいても気が付きませんでしたもの。」
パトリシアはローレンスに求婚されたその日まで、特別な感情を抱かれているとは
知らなかったのだ。
「あまり態度や言葉に出さないものかもしれませんね。」
マーガレットも在りし日のエンリックを思い出した。
あまりに毎日側にいると、却って日常的になってしまうせいかも知れない。
積極的に親しくなろうとした人物で思い当たるのは、ティアラに求婚する前のクラウドである。
一目でそうとわかる好意の示し方は、明らかに賓客の域を超えていた。
「きっと殿下も不安になったのでしょう。他国のお客様扱いのままでは、進展がありませんもの。」
いつまでも留まっていられないからこそ、振り向いてもらう努力をするしかない。
「クリントはどのような国かしら。」
「サミュエル様ならご存知かもしれませんわ。」
「そうね。殿下のお人柄についても、教えてくれますよ。ご滞在中ですから、変に思われたりも
しないでしょう。サミュエルは言葉を交わす機会も多いはずですもの。」
マティスがダンラーク宮廷に出入りする頃には、すでにサミュエルも公爵だ。
貴族として上席に列せられ、何かと宮廷行事に参画し、諸外国訪問の経験もある。
「お兄様達は気付かれてませんか?」
心配そうなカトレアに、マティスがサミュエルに相談したことを知らないマーガレットは
打ち消すように微笑んだ。
「多分、大丈夫です。」
まだ少年のアシューは別にして、エンリックもサミュエルもローレンスも揃って、こと恋愛に
関しては、良く言えば淡白、悪く言えば鈍感で、伴侶以上の女性はいないと思っている
幸せ者なのである。