中編
マティスは各国とクリントを飛び回っているらしく、長く逗留しないかわりに度々ダンラークへも
やってきた。
「殿下は前から国外へ出られてますの?」
せいぜい都の郊外あたりにしか出たことのないカトレアには、他国の話が珍しい。
美辞麗句を並べることが得意でないマティスは、求婚以後も会話はもっぱら旅先のことだが、
それでも色々な国で流行っている音楽や芝居やドレスという、女性が興味のありそうな
話題を口にした。
「前といっても、ここ数年です。」
兄王が内政を取り仕切り、マティスが諸国との折衝を行なう。
とかく代が替わると目をつけられやすい。
各国の動向にも気を配らないといけないのだ。
「でも殿下は一向に求婚者らしくありませんのね。お手紙一つくれるわけでもないし、
お父様にお話してくださるわけでもないし…。」
「陛下に姫との縁談を申し込んでもよろしいですか。」
マティスは顔一面に喜色を浮べた。
カトレアの承諾を得たと思っても良いのだろうか。
「もっと結婚というのは、ときめくものと思ってましたけど、現実はこのような感じかも
しれませんわ。」
「ひ、姫…?」
どこか投げやりなカトレアの言葉にマティスはたじろぐ。
「私ばかりが、殿下がおいでになるのを待っているようで、不公平ですわ。」
「そんなこと…!。私も姫にお会いできて嬉しいし、だからダンラークを訪ねる機会も
増やしています。」
「そうはおっしゃってくださらないではありませんか。『ご機嫌麗しく』なんて、お父様や
お兄様に対する挨拶と同じだわ。」
「これでも私はいつも姫とお会いできる日を心待ちに…。」
「殿下はあまり本をお読みにならないでしょう?」
マティスは、カトレアが騎士に対して憧れていたという言葉を思い出した。
もしや物語のような台詞を期待していたのだろうか。
「申し訳ありません。勉強不足で…。」
「まったくですわ。」
背を向けて歩き出したカトレアを、慌ててマティスは追いかける。
黙ったまま温室に向かい、中へ入り、少し奥で立ち止まった。
マティスが想いを告白した場所。
「もう一度、聞かせてくださいますか。それとも覚えていらっしゃいませんか。」
「姫がお望みなら、何度でも。」
マティスはカトレアの前に膝を付いた。
「貴女を想っています。花の姫。剣と誇りと名にかけて。」
カトレアは右手を差し出した。
「誓っていただける?」
「はい。」
マティスはカトレアのほっそりした白い指を受け取って、口付けた。
「生涯かけて貴女を愛します。」
カトレアが花のような微笑を見せる。
多分、願い通りの言葉。
「改めて姫のご両親に紹介してくださいますか。」
エンリックに打ち明けるべきか迷ったが、帰国して使者を出す時間が惜しい。
温室からカトレアの手を取って出る際に、マティスは
「花の姫君、これを…。」
自分の腕から銀のブレスレットを外した。
「貴女には剣よりもこちらが似合う。」
本来、騎士が求愛の証を授ける最高のものは、手にする剣、または類する武器とされる。
だがカトレアにはそぐわないだろう。
「お預かりしますわ。では私からはこれをどうぞ。」
カトレアは首からかけていた金の鎖のペンダントを渡した。
「私の好きな紫水晶ですわ。」
「大切にいたします。」
受け取ったマティス手のひらの中で、ペンダントがきらりと輝いている。