楽しい行事は大勢で。
エンリックの即位以来、ダンラークのクリスマスは王宮の門戸が庶民に開かれる。
多くの人々が集う理由の一つには、子供達へのささやかな特典、お菓子の配布があるのだ。
元々はエンリックの、離れ離れになった妻子に出会えるかもしれない、もし愛娘がクリスマスにも
お菓子を手にできない境遇にいたら、という個人的感情も手伝ってのことだったが、現在では、
すっかり行事の一環として定着し、おかげで厨房関係者に限らず、誰でも手が空いていれば、
せっせと焼き菓子やキャンディーを小さな袋に詰めている。
「父上、何つまみ食いしてるんですか!国王ともあろう方がはしたない真似はやめてください!」
ローレンスは、エンリックが作っているはずの菓子袋の様子を執務室に見に来て、入ってくるなり
叫んだ。
「試食だ!一つつまんだくらいで大声出すな。」
思わずクッキーに手を出した現場を目撃されたエンリックも、息子にはしたないなどと言われ、
つい声が高くなる。
「一つですむはずないでしょう!」
甘党のエンリックであれば、きっと次々と口に放り込むに違いないとローレンスは決めてかかった。
ちゃんと扉が閉まってなかったため、廊下に声が響いたのか、ノックの音が聞こえたと同時に
通りかかったらしいサミュエルが顔を出す。
「どうかなさいましたか?」
「兄上、聞いてください。父上がつまみ食いをしてるんですよ!」
サミュエルの姿に、ローレンスは味方を得たとばかりに言う。
「試食だと言っただろう、ローレンス!その言い方やめなさい。」
所詮、同じことだが、印象は大違いである。
猫に鰹節、エンリックに甘い物。
目の前にある菓子に手を出すなというのは無理からぬ話だと、サミュエルは妙に納得して笑みが
こぼれてしまう。
「兄上。笑ってる場合ではないでしょう。父上のせいで余計数が足りなくなるんですから。」
いつまでも、国王と皇太子が、つまみ食いだ、試食だと次元の低い会話を続けそうな気配を
放っておくわけにもいかない。
「そろそろお茶の時間ですから、奥で一休みしましょう。」
サミュエルが二人の間に入り、机の上にあった包装済みとそうでない箱を分けると、両手で
抱え持ちながら、部屋の扉を開いた。
奥では奥でマーガレットやパトリシアも、一つ一つリボンを結んでいる。
クリスマス前は王宮の厨房も忙しく慌ただしくなるので、お茶菓子も一種類だったのが、今日は
焼きりんごにレーズンスコーンの皿があった。
「簡単で良いと伝えてあるのに…。」
エンリックが呟くと、
「父上。スコーンはエミリ姉上が作ってきてくださったもです。」
席に着いたアシューが言った。
サミュエルの妻エミリも、連日、通っては一緒に作業をしているのである。
いつも何種類も並べられるお茶菓子がなくなり、さすがに寂しげにしているエンリックの様子に
気付いたのだろう。
「わざわざ、済まぬな。ありがとう。」
「陛下のお口に合えば、嬉しいですわ。」
エンリックに礼を述べられると、ほんのりとエミリは頬を赤らめた。
先程、つまみ食いを見たローレンスとしては、
(父上に気遣いは必要ないんだけどなあ。)
と思ってしまう。
しかし大変な数なので、毎年、何かの規定を設けようという話もあり、必ず貴族の子供は
対象外にしてはという案が出ても、結局うやむやになるのは、ローレンスもサミュエルも
アシューも恩恵を被ったことがあるから、賛成しかねるのだ。
それこそ自分達は、王宮の住人という特権を生かして、真っ先に列に加わったのである。
親が親なら、子供も子供。
揃って甘い物は好物なのだ。