大体、食べ物と酒が美味い土地は栄えているものだ。
その点はダンラークと良い勝負だろう。
気分次第で行ったり来たり、一部の商人の間では、グラハムは結構知られる存在になった。
おかげで人間関係の幅も広がり、先方から儲け話を持ちかけられることにもなる。
小うるさい役人達を、あの手この手で振り切りながら、上機嫌で日々を過ごしていた。
ところが、ある日。
行きつけの酒場で、顔なじみになった店主に妙な事を言われた。
「最近、お前さんを捜している騎士がいるよ。何かやったのかい?」
「さあ。覚えがないなあ。」
笑って聞き流したが、何人もの人間から同じような台詞を聞かされる羽目になった。
どうも同一人物らしいが、騎士に追い回されるような、大それたことをした記憶はない。
もしかしたら、自分の評判を聞きつけて、欲しい品でもあるのだろうか。
グラハムは都合の良い方に考えを切り替えした。
どう首を捻ってみても、捕縛される理由は見当たらないのだから。
枯葉が舞うようになった頃、グラハムは、一旦都を離れ、港町での商売に旅立った。
冬になる前に、色々と買い込んでおかなくてはいけないものもある。
さすがにグラハムも真冬のさなかに海風にさらされる港には近付きたくない。
商売も大事だが、我が身はもっと大事である。
何とか寒風が吹き荒れる前に、ドルフィシェの都に帰りついた。
一冬過ごすつもりなら、家くらい借りた方が良いかと思いつつ、相変わらずあちこち飛び回っている。
無事に仕事を一日やり終えて、やれやれと馴染みの店へ行く。
商売の上手くいった後の酒は、なんともいえない格別の味である。
良い気分になってきた頃、カウンターの中にいた店主に声をかけられた。
「お客さんだよ!」
少し奥まったテーブルにいたグラハムが、大声に振り返ってみれば、背の高い一人の騎士が立っていた。
(ああ、この人か。)
以前、自分を捜していた騎士がいたことを思い出した。
淡黄色の髪に褐色の瞳の、落ち着いた雰囲気を持っている。
騎士の方からグラハムへ近付いた。
「おくつろぎの最中、失礼だが、是非当家にて、これまでの旅の話などを、ゆっくりうかがいたいのだが、よろしいか?」
幾分ぎこちないが丁寧な口調だ。
つい値踏みをするような目で、上から下まで見やったのは、商人の癖というべきか。
質素に見えるが、上質の布を使った服といい、全体的に風格が漂っている。
騎士にも色々あるが、ごく真っ当な感じだ。
少なくとも武器を持たない相手に切りかかる手合いではないだろう。
用向きも聞けばわかる。
グラハムのような風来坊の話を面白がる人間もいるからだ。
もちろん、ただではないが。
「結構ですよ。えっと、グラハム・デニソンと申しますが…。」
「申し遅れた。カイル・ギュレットだ。」
グラハムは首を傾げた。
聞き覚えのあるような、ないような。
「客」であれば忘れるわけがないから、誰かからでも聞いたのか。
テーブルにグラスを置いて、店を出ようとしたとき、店主が言った。
先にカイルが外に出たのを見届けた後だ。
「随分、上客のようだね。当分お前さん、ウチのお代いらないよ。」
どうもグラハムの酒代も含め、相当支払っておいてくれたらしい。
「前払いかあ。良い人だ。」
もちろん気前の良すぎる人間の中には、腹に一物ある曲者もいる。
だがグラハムは直感を信じることにした。
第一、これほど大っぴらに連れ出すからには下手な真似は出来ないはずだ。
店の前に馬と共に立っているカイルに、
「ここから遠いですか?私も近くに馬を預けてありますから、取ってきましょう。」
「馬があるなら、その方が良いな。」
「では、すぐに戻ってきます。」
グラハムは小走りに立ち去った。
ドルフィシェには商人も含め、旅人が多い。
そのせいか宿屋以外に、馬を預かってくれる場所がある。
それも商売になるのだから、行き交う人の多さがわかるというものだ。