数日後、グラハムがカイルの邸を訪ねた時、あいにくカイルは不在であった。
だが夫人が対応してくれた。
「もしおいでになられたら、ご伝言を承るようにとのことです。」
とりあえず自分の滞在している宿屋と当分は都にいることを告げた。
何しろ騎士に場末の酒場まで探し回らせるのは失礼だと感じたので、いつもよりはランクの高い宿屋を選んだ。
元手をかけても、取り戻せそうな気がしたからだ。
日を置かず、グラハムを今度は馬車でカイルが迎えに来てくれた。
特に変わったところも紋章もないが。
街中を通り抜けて、次第に貴族達が多く多く居を構える地域に差し掛かっていく。
(やっぱり貴族か。)
大体において宮殿に近いほど、身分も高いと見て良い。
だとすればクラウドは大貴族の部類だ。
馬車はさらに進む。
王宮へと続く門を見た時、さすがにグラハムも度肝を抜かれた。
王宮内に邸がある人間はごく限られる。
王族か大臣か、どんな権門なのだろう。
様々な国を旅しても城だの宮殿だのには縁がなかったため、グラハムには内部の構造がまったくわからない。
馬車を降りて、素晴らしいとしか形容できない庭園を迂回するような形になったが、はたしてどここまで王宮内なのか。
それとも個人の私有地に、もう入り込んでいるのか。
案内をしくれているカイルは余計な事を口にしないので、グラハムも何となく聞きそびれてしまった。
最奥と思われる庭先から、建物の一角に着き、やっと内部へ足を踏み込む。
廊下を見ただけで、目が眩む気がした。
細かい装飾が施された柱。
隅々まで金銀が配された壁や天井には、美しい彩色の絵が一面に描かれている。
(なんだ、ここは?王宮と繋がった邸か!?)
重厚な扉の前で立ち止まり、入室した部屋には確かにクラウドが待っていた。
「お連れいたしました。
陛下。」
「ああ、済まぬな。人払いを頼む。カイル。」
二人の会話を聞いたグラハムは、唖然としてしまった。
まさか国王本人であったとは!
カイルが退がった後で、ようやくグラハムは口を開いた。
「国王陛下とは気付きませず、先日は大変ご無礼いたしました。」
「いや、こちらも身分を明かさなかったから。改めてクラウドだ。本名は名乗っておいたであろう。」
少しいたずらっぽく笑っているのは、グラハムを担いで楽しんでいるようにも思える。
国王であれば諸国の事情について、通じていたいのは当然である。
席に着いて、グラハムは訊ねた。
「私のような者のことが、どうして陛下のお耳に入ったのでございましょうか。」
「宮廷というのは、結構、色々と話が飛び交う場所なのでな。時に町の噂も入ってくる。随分、尾ひれも付くが。確かめたくても皇太子時代とは違って、中々外に出られなくなってしまった。」
ということは、即位前は気軽にお忍びで王宮を抜け出していたのか。
決められた生活に飽き足らず、広い世間を見聞きしたがる王族も多いと聞く。
それにクラウドの王妃は、ダンラーク出身のはずだ。
隣国が気になるのもわかる気がする。
「でも諸国の話なら、もっと他にもおりますでしょう。」
クラウドは首を振った。
「第三者からどう見えるのかが知りたい。どこにも属さず、自由に旅をしている商人ならば、客観的な見方が出来る。国の中にいては、それはわからぬ。貴族の視点では、見えぬことが多いからな。」
ドルフィシェは経済的にも豊かな国で、何も悩みなどなさそうだが、グラハムはクラウドが現状に満足していないことを悟った。
立場上、考え方もあるのだろう。
それならばと、率直に先日と変わらぬ調子で話し始めた。
さすがに日中のことなので、酒ではなくお茶の用意がされているが、これまた美味であることには文句のつけようがなかった。