クラウドが次から次へと話を聞きたがるので、グラハムも出来る限りの経験談を語った。
その中で、こんな事を口にした。
「そうですね。ダンラークとドルフィシェは、時間の進む感じ方が違うのです。隣国はゆっくりと、こちらは動きが速いように思えます。不思議なことです。」
「あの穏やかさは、そのままか。」
クラウドが懐かしそうな目をする。
「以前にご訪問されたのでしたね。」
「当時、私は目から鱗が落ちる思いをした。得たものも多い。中でも王妃は…。」
クラウドは言いかけて、やめてしまった。
グラハムは国王の惚気話が聞けるかと期待したのだが。
何せ王妃といえば、慈悲深い上に並ぶ者のない美しさだという。
普通に考えれば、国同士の結び付きを強くする政略結婚とも取れるが、そうではない。
ダンラーク国王の愛娘であったため、遠くへ嫁がせたくないというものを、クラウドがどうしてもと頼み込んだという話は、ダンラークだけでなくドルフィシェでも語り草なのだ。
「王妃様はダンラークの姫君でございましたね。陛下が見初められた御方だとおうかがいしておりますが、本当でございますか。」
やはり気になって、グラハムは何気ない風を装い、訊ねる。
水を向けると、案外簡単にクラウドは話してくれた。
「それは事実だ。無理矢理、滞在期間を延ばしたものだ。ダンラークの父君は見かけより手強くて、どう説得しようかと思ったよ。」
隣国ダンラーク国王エンリックといえば、温和な為人で知られ、賢王の誉が高い。
グラハムにはクラウドが手こずるような人物とは感じられない。
不思議そうな顔をしたグラハムの表情を、クラウドは読み取ったらしい。
「中々一筋縄でいかぬ方なのだ。」
さもあろうとも、グラハムは思い直した。
「あれだけの法体制で国を統治する王様であられるわけです。」
何代にも渡って栄えてきたドルフィシェと違い、ダンラークは今までお家騒動が絶えなかった。
現王になってから安定してきたにしては、繁栄振りに目覚しいものがある。
もちろん国王の手腕だけでなく、周囲にも優れた臣下達が集まっているに違いない。
人材登用も独特だ。
「真似をしようにも、容易に出来るものではない。」
クラウドは思わずため息を漏らした。
(もしや陛下は宮廷で浮いているのではないか?)
非礼かもしれない。
しかし一瞬見せた憂いに満ちた顔は、臣下に不満があるようにしか見えない。
グラハムが耳にする限り、国王としてのクラウドの評判はすこぶる良い。
在位が長いエンリックほどの名声はなくても、このドルフィシェを治めているだけで立派なものだ。
何もそこまで考え込む必要はあるまいに。
「私が造り上げた国ではない。誰が王でもドルフィシェの現状は変わらぬ。だが、それでは進歩がない。」
「今以上をお望みとは、贅沢でございましょう。陛下。」
他国の王が聞いたら、どう思うか。
諸国に脅かされることのない国力を誇る、ドルフィシェだからこそだ。
ダンラークにしても他国の干渉は受けなかったものの、内乱続きであった。
内にも外にも大きな問題がない国など、滅多にあるものではない。
「そう見えるだけだ。内実は外からではわからぬからな。うわべを取り繕うのは得意のようだ。」
「ウマの合わない方はどこにでもいます。だからといって毛嫌いしていては、商人は務まりません。」
別に意見するつもりでなく、グラハムは率直に感想を述べた。
多分クラウドは王侯貴族に類する人間にしては、一本気すぎるのだ。
だからまわりくどい宮廷政治が性に合わなくて、臣下と食い違いも起きるのだろう。
でなければ、グラハムのような者に、話を聞かなくても良さそうなものだ。
参考と共に気晴らしも兼ねていたらしく、クラウドは世間並みの話題も口にした。
偉ぶったところがないので、グラハムもつい気軽に応じてしまう。
さすがに時間が経つと、クラウドも公務の都合で席を立たないわけにもいかなかった。
帰り際王宮への通行証と覆いのしたかごを手渡された。
「ちゃんと今日は代価も入れてある。」
クラウドは中身が気になって仕方がグラハムに、一言付け加えたのであった。