後編

 宿に帰り着いたグラハムが、かごに被っていた布を取ってみると、先日のワインの他に、何種類かの酒瓶と小さな皮袋。
「なんとまあ、気前の良いことだ。」
 皮袋には砂金が詰められていた。
 グラハムが旅の商人と知った上でのことである。
 荷物にならず、商売の取引に手っ取り早く使える物を選んでくれていた。
 通行証をくれたということは、また面白い話があれば来ても良いという意味に違いない。
 これだけ高い報酬をいただいたからには、それに見合う土産話を仕入れなければ。
 それに足を運ぶ内、王妃に会えるかもしれないではないか。
 ダンラークの王を父に、ドルフィシェの王を夫に持つ高貴な女性。
 興味をそそられるには、充分すぎる条件である。

 いかにグラハムが通行証を持っているとはいえ、直接王宮に出向くのは気がひけて、カイルに連絡を取ってから、クラウドに会うことにした。
 カイルが不在でも伝言を頼んでおけば、遅くても二日後には、グラハムの元に返事が届く。
 はっきりいって仲介するカイルには迷惑かもしれないが、露骨に嫌な顔を見せないのは、主君の性格を考えてのことに違いない。
 何度か王宮に上がると、宮殿のごく一部ではあるが、庭園内を見せてもらったりと、グラハムには別の楽しみもできた。
 何分、お互い空き時間のことで、半端な時刻になったりする。
 グラハムはそれでも良いが、クラウドは日によって思うようにならない時もあるらしく、しばらく待たされることもある。
 取引相手の中には、もっと長時間待ちぼうけを食わされる事もあり、グラハムは大して気にしないが、クラウドは素直に謝ってくれる。
「呼び出しておいて、約束を守れないのは、こちらが悪い。」
 正論なのだが、グラハムは王様とは尊大なものだという先入観があったから、非を認められて、正直驚いた。
 グラハムの知る限り、身分が上がるほど、もったいぶった人間が多かった。
 もちろん例外もあるが、クラウドのように飾り気が少ない方が珍しい。
 だが、さらに驚くべき事が、王室にはあったのである。

 風もなく晴れ渡った日。
 王宮の門をくぐったグラハムは、通された部屋でクラウドともう一人の人物に迎えられた。
「良く来た。彼がグラハム・デニソン。旅商人だ。グラハム、私の王妃、ティアラ・サファイア。」
 紹介されなくてもわかる。
 香りたつ気品と優美さとはこういうものかと、グラハムは実感した。
 今までに出会った貴婦人など、ティアラの足元にも及ばない。
 思わずため息が出そうだ。
「様々な国に行かれているそうですね。最近のダンラークの様子を、私にも話してくださると嬉しいですわ。」
 楽の音のような声にうっかり聞き惚れそうになり、慌てて深く頭を下げる。
「王妃様にはご機嫌麗しく、お目にかかれて光栄に存じます。」
 形式にこだわらないのは、夫妻とも同じらしい。
 特別に着飾っているという印象ではないが、ティアラはいるだけで、場が華やかに見える。
 クラウドが強引にダンラーク王に申し込むのも無理はない。
 会話の中にも、生来の淑やかさが表れている。
 美人で高慢でない貴婦人とは、滅多にいるものではない。
(陛下もやるなあ。)
 グラハムはティアラに対面して、クラウドを見直した。
 何とも無礼な考えだが、人を見る目があると、感じたのである。
 あいにく子供達の世話があって、中座しなければいけないティアラは、
「また楽しいお話を聞かせてくださいね。」
 これにも、グラハムは感激した。
 社交辞令でも、そう言ってもらえるのは気分が良い。
「王妃は世辞は言えぬ。俗世に染まらない性分だから。」
 クラウドがグラハムに向かって言った。