多少呆然としているグラハムに、
「いつも驚かされてばかりだから、たまにはと思って、同席を黙っていたのだが、どうだ?」
「滅相もありません。心臓が止まるかと思いました。小心者をからかわないでくださいませ。」
 汗を拭きながら答える言葉を聞き、クラウドは笑い出した。
 流れ者同然の生活をしてきたグラハムが小心者であるわけがない。
「ティアラはこの国に嫁ぐまで賄賂を知らなかった人間だ。信じられるか。グラハム。」
 普通ならありえないが、さもあろうかとティアラを思い浮かべた。
 ダンラーク育ちなら、考えられる話だ。
「少なくともティアラの周囲には、そういった事がなかったということだ。ドルフィシェでは、そうはいかない。王宮で罷り通っていることを気付かれたくないと、本気で願ったな。」
 グラハムは商人だから、時に必要があれば、そういった手も使う。
 金で動く政治を、クラウドはしたくないのかもしれない。
 だが多かれ少なかれ、どこの国でも行なわれている。
 ダンラークが例外だ。
 ドルフィシェほど人も物も集まる国であれば、尚更綺麗事だけでは事が運ばない。
「陛下の理想は私のような者には高尚過ぎます。」
「負けたくないと思うのは、子供じみているかもしれないが。」
 どことも、誰とも言わないが、クラウドの頭の中には、エンリック以外の近隣の王達は存在しない。
 野心家でもない王が君主で、年々栄えるダンラークに対して複雑な思いもある。
 確かにグラハムも不思議な気がする。
 一見、穏やかでのんびりしたダンラーク。
 だが、どこにも付け入る隙がない。
「考えてみれば芯の強いお国柄です。」
「グラハム。国で芯になるものは、なんだと思う。」
「人、でございましょう。」
 グラハムは即座に答えた。
「物は使う人によって、役にも立ち、活かし方が違います。私は商人ですから、難しい事はわかりませんが、国を一つのものとして考えるなら、の話です。」 
 金でも力ないグラハムの返答。
 クラウドは大いに満足したようだ。
「商人にしておくのは惜しいな。私に仕えてみないか。」
 冗談かと思って、グラハムはその場を受け流した。
 だが、意外にもクラウドは本気らしい。
 その後も王宮に行く度、やっと気付いた。
 グラハムのようにあけすけに物を言う人間が、どうもクラウドの周囲にいなさそうだ。
 御用商人になれというのなら考えもするが、旅暮らしが長かったせいか、宮仕えは気が進まない。
 自由を愛するからこそ、旅商人をやってきたのである。
 クラウドは残念そうだが、怒りはしなかった。
「たまに話し相手になってくれれば良いのだが、嫌なら仕方あるまい。無理に出仕させて、すぐ出て行かれてはティアラも寂しがろう。気が変わったら、言ってくれ。」
 故郷の話をかなり喜んでいることは、ティアラと何回か顔を会わせたことで、グラハムも感じてはいた。
 つくづく、ドルフィシェという国にそぐわない国王夫妻である。
 傲慢さのない所を、もっと他の貴族も見習えば良い。
「またおいでになってくださいね。」
 などと、ティアラに微笑まれると、グラハムは現金にも、
(宮廷役人でも良いか。)
 と思ってしまう。
 実際、クラウドと話をするようになってから、少々考え方も変わってきた。
 グラハムは商売のために法を覚えてきたのだが、政治とは何かと思案するようになった。
 確かにドルフィシェは大国で強国だ。
 物資も軍事力も申し分ないが、ダンラークも違った意味で強国かも知れない。 
 クラウドは国外へ出て、そうと気付いた。
 ドルフィシェの中だけにいては、わからなかったことだ。
 だからこそ、グラハムの噂を聞きつけて、召し出した。
 街の喧騒の中にある、人々の声が届かないのが歯痒い。