二人の姿が見えなくなったところで、
(料理は王子が出来なくてはいけないものなのか…?)
クラウドは疑問に思っても、口には出せない。
食べられる野草や薬草の見分けは出来ても、家庭料理は習ったこともないし、やろうともしなかった。
はたして必要なのか。
絶対エンリックとジェフドの感覚が普通ではないのだ。
枕が替わると眠れないという繊細な人間はいないとみえて、皆、適当に睡眠は取った。
火の番は交替するはずだったのだが、あまりにエンリックがぐっすり寝入っているので、クラウドとジェフドは起こすのをやめた。
目上の人間は大切にしないといけない。
朝になればなったで、エンリックは荷物の中から、紅茶だのジャムだのはちみつだのを取り出した。
ドライフルーツのパウンドケーキはおやつなのだろう。
「本当に甘い物好きなんですね。」
お茶まで気の回らなかったジェフドは、そうとしか言えない。
「疲れを取るには甘い物が一番!」
エンリックは少しも疲れた様子もないが。
クラウドとジェフドに付いて来られるくらいだから、足は丈夫らしい。
もっとも王宮内を一日何往復もしてれば、歩く事は慣れている。
大分軽くなった荷物を持って、いざ出発する際は、何とも奇妙な組合せになった。
旅の詩人に、剣士に、はたしてエンリックは何に見えるだろうか?
「旅の商人に見えないか。」
「無理です!」
クラウドとジェフドが声を合わせて言った。
王様に見えなくても、充分貴族で通じる。
でなければ研究者か。
「あ、学者でどうです。父上、植物に詳しいでしょう。」
「詳しいってほどじゃ…。」
「先生っていいですよ。呼びやすいし。」
ジェフドも賛成した。
「名前でいいのに。」
そうは言われてもエンリックは年長者だ。
「遠慮せずに二人とも父上って呼んでくれても。」
「それも無理です。」
クラウドが苦笑する。
年が近すぎて、親子に見えるわけがない。
「ところで剣はどうしました?」
ジェフドがエンリックに質問した。
昨夜ナイフを使っているのは見たのだが、剣は目にしていない。
「持ってきてない。」
「はあ!?」
クラウドとジェフドが驚いて、顔を見合わせた。
長旅に出るというのに、剣も持たずにやってくるとは。
ワインやジャムより肝心だろう。
「私達から離れちゃ駄目ですよ!」
エンリックの危機感のなさに呆れつつ、釘を刺した。
ジェフドとクラウドはお忍びで外へ遊びに行くにしても、剣の腕に自信があってこそだ。
丸腰で一人歩きするエンリックは無防備にも程がある。
「ダンラークでは必要ないから。」
勝手に本人が思っているだけで、そんなわけはない。
せめて短剣くらい身に付ける習慣があれば、臣下の気苦労も減るのだが。
何かあったら、逃げるというのがエンリックの考えらしい。