大体エンリックは幼い頃から武芸を嗜んできたクラウドやジェフドとは異なった環境にあった。
成長後に習ったとしても無理がある。
もちろん王宮に戻ってからは、指南をしてくれる人間は何人もいたのだが、じきにやめてしまった。
他にやることもあったし、上達しないのでは時間がもったいない。
(自分で自分の身を守るのが本当なのだろうな。)
クラウドとジェフドを羨ましく思う時がある。
だが、お互いに感じることが違う。
クラウドは国と民を守ったジェフドと自力で国を復興させたエンリックに、ジェフドは豊かな国土と卓越した才の臣下を揃えるエンリックと他国に脅かされることのない地位を保つクラウドに。
何より武力だけでは国を動かせないことは、誰もが知っている。
人望と力量が備わってこそ「王」だ。
クラウドとジェフドは自分達の父の影を重ねる。
性格ではなく統率力においてエンリックは似ているのであった。
どこに何日というのは気分次第だが、大抵ジェフドが気にいるかどうかで決まる。
何せ彼の「仕事」で旅費のほとんどは賄われる。
人が集まりやすい場所でないと困る。
たまにエンリックとクラウドも見物しているが、ほとほと感心した。
「特技・吟遊詩人」に偽りなしだ。
聴いていると海や水辺に関する叙情詩が多い。
海に面したカルトアらしい。
「お二方の国に伝わるものがあれば、教えてくれませんか。」
ジェフドにしてみれば良い機会だ。
どれだけ多くの詩を詠じられるかは、吟遊詩人にとって大事である。
詩や音楽ということに関心の薄いクラウドが覚えているはずもなく、エンリックも首を捻った。
ダンラーク伝承といえば、長い内乱の歴史を物語るような内容ばかりだ。
「ティアラなら詳しいと思うが…。」
現在ではクラウドの妻になっている愛娘をエンリックは頭に浮べた。
「ドルフィシェの港町、私も見たいです。」
交易が盛んな様子をジェフドも自分の目で確かめたい。
「賑やかですよ。皆で行きましょうか。」
こうしてドルフィシェへ向かう事になったが、歩きでは日数もかかる。
船か馬車か他の交通手段を使うため、大きな町の木賃宿に泊まって、ジェフドに稼いでもらうしかない。
その間、クラウドとエンリックは町の情報を集めつつ、適当に時間を過ごしている。
半分、遊んでいるようなものだが、彼らに芸があるわけでないので、仕方ない。
ジェフドはジェフドで楽しんでいるので構わないが、一応エンリックとクラウドが買い物や食事の用意はしてくれる。
気のおけないもの同士、何を思い煩うでなく毎日が愉快であった。
そんな日々、夕食を終えた後、
「明日の朝のパンがない!」
エンリックが声を上げた。
今日、買い出しにでかけたクラウドがはっとした。
いつも余分に買ってくるエンリックやジェフドと違い、きっちり一食分しか考えてなかった。
窓の外を見ると、もう暗かった。
まだ店が開いているかわからないが、責任を感じて、とにかく外へ行こうとする。
戸に手をかけ、部屋から一歩出た瞬間、足が止まった。
突然、動かなくなったクラウドに、エンリックとジェフドが近寄ると、三人とも表情が固まった。
「やっと見つけましたよ。陛下。」
扉の前にいたのは、いうまでもなく国からの追っ手である。
「カイル…。」
「テイト!」
「サミュエル!?」
思わず、エンリック達は後退りしてしまうのだった。
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